〜〜〜〜〜何も知らされない「羊たち」
稲田陽子
チェルノブイリとヒロシマという番組の動画がマイミクさんで
主人ともども御縁がありましたある方から届きました。
この動画を観て、チェルノブイリで被曝したナターシャ・グジーという
若い歌手の切実なメッセージに心を打たれる方も多いのではないでしょうか。
チェルノブイリの悲惨さは、やはり政府が本当の危険を知らせなかった
ところにあるようです。放射能爆発が起きた翌日も、何も知らされることも
なかったので、学童は、いつものように学校に行き、小さな子どもたちは、
外遊びをずっと楽しんでいたといいます。
その後、その子たちがどうなっていったのかは、世界が知るところとなりました。
当時6才だった彼女は、ふるさとも友だちも失いました。
とてもたくさんの人が亡くなり、新たに産まれた子どもにも異常が
あるそうです。同じことを繰り返してはいけないと、彼女は訴え、歌います。
「可愛らしい曲だけれどもとても意味の深い歌詞を持つ」と
彼女が熱唱するのは、「千と千尋の神隠し」の主題歌でした。
この物語は、先のhpにも書いたように、私にとっても深い意味があるものです。
その歌詞もまた、しみじみと胸に迫ってきます。
http://www.youtube.com/watch?v=ry_WACFd8Ds
「生きている不思議、死んでいく不思議、花も街も人も同じ」
「悲しみは数えきれないけれど その向こうできっとあなたに会える」
「繰り返すあやまちの そのたび ひとはただ青い空の青さを知る」
「悲しみの数を 言い尽くすより 同じくちびるで そっとうたおう」
「こなごなに砕かれた 鏡の上にも 新しい景色が映される」
どのフレーズにも、生の持つ悲しみと深さ、そして、
その向こうにある本当の喜びを想起させます。
人は、いつになったら、「卒業」できるのでしょうか。
同じ過ち、同じ悲しみを。
いま福島は、この「過ちと悲しみ」の中にありますが、
それでも、必ず「こなごなに砕かれた 鏡の上にも
新しい景色が映される」ときが来ることを切に願います。
March 2011アーカイブ
〜〜〜〜〜東北地方太平洋沖地震復興祈念チャリティ
稲田陽子
3.11の大震災は、原発事故の大規模な放射能漏れを
伴っており、さらに過酷な状況を招いていますが、
先日からこちら(Creative Space)でも原発事故についての記事を掲載したため、アクセス数が、万単位で増えてしまいました。
いつもは、一日のアクセスが1万台から2万台が普通なのですが、
現在は3万台以上も記録しています。
これは、どれほど人々が事実や真実を知りたいか、
その逼迫した関心の表れだと思われます。
さて、事故の規模は、スリーマイル島を凌ぐレベル6と
政府がようやく認めてからも、さらに公表されていなかった
プルトニウムを含めた大規模な放射能の漏出が続き、
東北や関東地方を中心に放射能汚染が広がっています。
その放射能粒子は、風まかせ、気象条件に左右されながら、
どこでも飛んでいくというのですから、
中国の黄砂が日本海をわたって札幌の我が家の車に
滞留していたことがあるなど、本当に些細なことと言わねばなりません。
まさに日本列島はタイタニックになりつつあるようです。
津波や地震で確認できただけで一万名以上の命を奪われ、
ご家族の悲しみも癒える間もなく、今度は未曾有の
放射能漏出事故により広範囲に放射能による環境汚染に
曝されることになりました。
それは、海外の認識とは違って避難距離の甘さもあり、
今後、健康への影響が懸念されます。
食品の安全基準緩和で健康問題がないがしろにされて喜ぶ人は
だれもいません。政府は、環境と健康への具体的な対策を
被曝地域の人々にまず示す必要があります。
今後は、放射線被害によるガンなどが発症しないようにするためにも、
身体全体の免疫力の活性化が求められ「千島学説」による方法論の
活用に加え、広く内外の代替医療の知恵も導入すべきであると
考えられます。
こうした未曾有の放射能汚染区域には、被災者だけでなく、
災害救助を行う方々や黙々と作業する現場の方々もおられます。
公表の陰ひなたは別として、すでに被爆したと報じられた
2名のうち1人は亡くなっていると伝えられてもいます。
ここでも、情報の共有ができていれば、
あるいは現場の高濃度放射能被曝は避けられていた可能性もあります。
情報が、まさに命を左右するということにもなりますが、
夫が、元気であれば、もともと事実を伝えることを使命とした
ジャーナリストでもありますから、当然さまざまな情報を
臆することなくこのHPでも伝えたはずです。
ことによると、2000年のY2K問題から書き下ろした
「Y2Kサバイバルシフト」にも話が及んでいるかもしれません。
いずれにせよ、その3.11の震災で被災された方々そして、
救助や現場作業をする方々にも、世界から、そして日本の
あちこちから「愛と祈りのエネルギー」を送りたいものです。
芳弘がこちらの世界でまだ活動していましたら、
きっと同じ思いを送ったことでしょう。
「じあいの酒呑童子村」作りにも意欲を燃やしていたような気もします。
夫は、すでに「ガン患者」を卒業し、いまは、別の視点、別の視野に
立った眼差しでカタカムナ的洞察を始めているのでしょうか。
そんな夫の「偲ぶ会」を有志の方が軸となって開催してくださることに
なりましたので、以下にご案内をさせていただきます。
東北地方太平洋沖地震復興祈念チャリティ
稲田芳弘さんを偲ぶ会のご案内
「ガン呪縛を解く」の著者でジャーナリストとしてご活躍された
稲田芳弘さんが、去る1月11日にご逝去されました。
今回、生前の稲田さんのご遺徳を偲び、在りし日の稲田さんについて
語り合う会を企画いたしました。ご交友があった方、
面識はなくともラジオカロスサッポロで稲田さんの声をお聴きいただいた方、
メルマガを読まれていた方、どなたでもご参加ください。
稲田さんの思い出を語り合いましょう。
なお、ご遺族の意思により、稲田さんの著作及び講演DVD等の代金を
今般の悲惨な大震災・大津波の被災者の方々への義捐金として
「じあいネット」から寄付させていただきます。
日 時 : 平成23年4月23日( 土 )19:00 〜 21:00
場 所 : 札幌市男女共同参画センター 大研修室
(札幌エルプラザ4階)
札幌市北区北8条西3丁目 札幌エルプラザ
札幌駅北口地下通路12番出口直結
JR札幌駅より徒歩2分
地下鉄南北線さっぽろ駅より徒歩7分
地下鉄東豊線さっぽろ駅より徒歩10分
内 容 : (予定・順不同)
稲田芳弘さん朗読テープ「雨ニモマケズ」
在りし日の稲田芳弘さんを偲んで(ご講演DVDから)
稲田陽子さん(芳弘さんの奥様)ご挨拶
後藤壮一郎さん(医師・前ラジオカロスサッポロ代表取締役)のお話
懇談会(参加者による稲田さんの思い出話など)
など
参加費 : 500円(会場費及び事務経費分担金として)
主 催 : ご参加の皆様全員
会場準備等の都合により、参加ご希望の方は、メール又はFAXで、
氏名及び連絡先(メールアドレス又は電話番号)を記入してご連絡ください。
連絡先は、交通障害による中止等の緊急の際の連絡にのみ使用します。
なお、当日の飛び入り参加も大歓迎です。
〜〜〜〜大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
稲田陽子
夫、芳弘の月命日である11日、まさにその日に、東北地方を中心にとうとう恐れていたメガクエイクが起きました。突然に未曾有のカタストロフィーが日本を襲いました。その前後、私は、何故か気になっていた二人の方に電話をかけていました。二人とも、主人が亡くなったのを知らせていなかったのです。しかも、その方たちはパソコンもされず、新聞も見てはいなかったというお話でした。
一人は、昨年末に続いて、先月も夫だけでなく私にもお見舞いを送ってくださいましたが、私は、精神的に立ち直ることができていなかったこともあり、また、「夫が生きていると思っているなら、このままそう思っていてくれていた方がいい」というそんな思いが去来し、知らせることを踏みとどまっていました。もう一人の方は、こちらでも出版している「洞爺湖の四季〜湖響」や「最北の四季彩」の作者である世界的な自然写真家の綿引幸造さんの奥様で、やはりご主人の綿引さんが昨年12月23日に永眠されていました。
そのころは、夫の看病で新聞も見るひまも余裕もなく、夫とは古いつきあいのある綿引さんが亡くなられたのは全く知らずにおり、失礼しておりました。そのお知らせは、後日おハガキで知ることになりました。綿引さんの奥様も、主人のことは知らずにいらっしゃいました。憂鬱な思いで私は、お知らせしなければ、と常々心にかかり、とうとう夫の月命日の11日に意を決して、とりあえずはその二人に電話をしたわけです。とりあえず、と書いたのは、まだまだお知らせしていない友人知古がたくさんいるからです。
本当にこのようなことをお知らせするのは気が重く、切ない作業と言わねばなりません。できれば、誰にも夫の他界を知らせずに私と夫の世界だけで共有し合っていたい、という思いもあり、年末までに年賀状欠礼のご挨拶をお出しすることでご勘弁していただこうなどと勝手に考えていたのでした。しかし、もちろんこんなことは私の自分勝手な思いに過ぎません。
さて、お二方とも、古いお付き合いでしたので、ひどく驚き、ショックを受けられて、お話もついつい長くなりました。しかし、その長い電話が終わりかけたころ、突然家が揺れ始めました。まるで横波に押されて漂う船に乗っているような感じです。それが、日本にとって長い悪夢の始まりになろうとはそのときは全く思いもしないことでした。
それからすぐに、メールも電話もつながらなくなったことに気づきました。何ということか、ずっと気にかけていたその二人に電話をかけ終わったとたんに、通信が途絶えたことになります。この日は、11日だったことをその日何度も思い起こし、夫が私に通信してきていたのだと、なんら不思議なことでもないかのようにごく自然に思われてくるのでした。
そんな風に思うのも、似通った出来事を日々感じ取っているからかもしれません。例えば、あるCDの中にある曲が入っています。それは、私が「夫がいる」二階への階段を昇るとき、階段を昇りきったとき、夫の写真の前に行くとき、必ずと言ってよいほど、私を出迎えてくれます。もちろん、私は、そのCDをかけているのも忘れることがありますが、そんなときでも、頭の中にそのメロディーが響いて、私を気づかせてくれるものです。
あるいは、思い立って夫の好きなコーヒーを入れて持っていくと、ちょうどその曲がかかっているなどということも単なる偶然とは思えないほどの確率です。夫の意思を確認したいときは、イエスならその曲のときに「呼んでね」と言うと、その通りになります。夫は、私の不意をつき、思わぬ感動と安堵をもたらすのを楽しんでいるかのようでもあります。やはり、芳弘は、活き活きと魂の活動をしているにちがいありません。
あの後、電話やメールは、北海道だけでなく、日本全国あちこちでしばらく通じなくなっていたようです。
最後に、未曾有の大震災と津波に襲われ、とてつもない悲しみの中にある方々に心からのお見舞いを申し上げます。一日も早く、安心のできる生活に戻ることができますように、切にお祈りいたします。そして、被災された方々はもちろん、被災地の人々を守る役割にある方々や原発のメルトダウンを食い止めようと命がけで必死の作業を続けている方々とそのご家族の方々にも日本だけでなく世界中から祈りのパワーが届きますように。
〜〜〜〜稲田芳弘の追悼のDVDをお申し込みの方々へ
稲田陽子
昨年1月24日の稲田芳弘神戸講演を収録したDVD「ガン呪縛を解く」「不安呪縛を解く」や名古屋講演の模様を記録した「不安呪縛を解く」をようやく皆様のお手元にお届けできることになりました。さらに、自身がパーソナリティーを務めたライブ番組「ガン呪縛を解く時間」(FMラジオカロスサッポロ)も、近日中に仕上がる予定になっております。
大変遅くなりましたことを、心よりお詫びを申し上げます。
どれもこれも、ガン宣告以来の芳弘の生き方、生き様を感じさせるものです。理想と現実との狭間で葛藤も
あった日々。その日々をいかに自分らしく「摂理」と共有し、「起こることすべてに意味がある」運命に自己を明け渡して生きられるか、そういう姿勢のうちに、執筆と講演活動、出版活動をこなし、まさに「定命」まで独自の楽天性とともに集中的に凝縮して生きた人生でした。
結婚前に芳弘が私に教えてくれた愛唱歌があります。「わたしは、宿無しで一文なしだけど、心はほがらか、わたしは、宿無しで一文なしだけど、心は〜〈繰り返し〉」
なぜこれが愛唱歌だったのかは、いつか書くことにして、どこかこころの原点にその詩があった芳弘は、やはり、フランチェスコに共鳴し「酒呑童子村」をどうしても作りたかったのだろうと思うと、残念で仕方がありません。
そんな芳弘の突然の旅立ちに、神戸講演を主催したサラシャンティの清水正博さんからあたたかいメールをいただいておりましたので、以下ににご紹介させていただきます。奇しくも、1月24日がカタカムナ文字を楢崎皐月が六甲の山で平十字から渡されて書き写し始めた最初の日であることにパワーを得て、夫は、これも偶然にも同じ六甲の地、サラシャンティで、「不安呪縛を解く〜現代に蘇るカタカムナ」の講演をしたのでした。そのDVDは清水さんの発案で制作されたものをもとに、こちらで作らせていただいたものです。「名古屋講演」も、病床にあった夫へのクリスマスプレゼントとして主催の鈴木啓造さんの方で制作されたものを基にしています。お二人とその関係の方々のご協力に深く感謝いたします。
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陽子様
稲田さんの壮烈な生き方に感動しています。
本当に完全燃焼でしたね。身を粉にして
働き続けて来られた様子が目に浮かびます。
完全主義で丁寧に仕事をされてきた事は
短いお付き合いでしたが、著作や講演など
からも痛いほどに感じました。
昨年の1月24日の長い二つの講演の内容は
綿密すぎるほどにギッシリと資料を
整理して、手の込んだパワーポイントの
完璧な情報の流れなど、徹夜で完成されて
神戸に来られたお姿を見て、疲れている
のにどうしてそこまでと思い、ついつい
もっとご自分の養生を考えてください
と言ってしまいました。
じあいネットも毎週毎週大変な気力が
ないと続かない仕事も丁寧に対応されていて
この仕事だけでも大変なのに、手を抜かれませんでした。
ご自分のことを考えずに、ガン患者さんのために
一心に仕事をされていたことでしょう。
立花隆も最近の文芸春秋でやっと抗がん剤の
問題を語るようになり、これも稲田さんの
思いが伝わってきた、これがせめて一月
早かったら稲田さんは喜んで免疫力が
アップしていたのにと残念で仕方がありません。
稲田さんの思いがやっと世間に広がりを
見せ始めて、変わりつつあると思いますが、
こうした変化が生まれて来たのも「ガン呪縛を解く」
の出版があったからだと思います。
稲田さんには、カタカムナのことや政治経済、社会世相の
お話をもっと聞きたかったのに残念でなりません。
妻のおかげで三大療法を拒否して千島学説的治癒を
学べたのも稲田さんのおかげです。
こうした稲田さんの功績を世に伝えていくことが
私たちの役目だと思っています。
どうか陽子さんも全国の多くの稲田さんの
ファンの存在を力にして、稲田さんの良い思い出を
伝えていってください。
私たちもできる限りの協力をさせていただきます。
稲田さんが大好きだった清水より
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