助産師と看取師の「輝ける誕生と尊い死」その1

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 〜講演会からのメッセージ 

・・・・・稲田陽子

 人間の一生のうちで最も大きなイベントに数えられるのが、誕生とその人生の終焉だと言える。誕生も死も全く両極端に思われがちであるが、実は、この両者は、密接に繋がり合っている。生命力が湧き出すのが誕生なら、その終わりは生命力が枯渇される死として捉えられるのは事実だが、実は、この二つのものはイノチという根源で一つのものとして考えることはできないだろうか。 

 そうした意図で開催されたのが、「輝ける誕生と尊い死」(2月20日)という講演会(主催/あいあむネットのさとうゆほさん)であった。 
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天使大学非常勤実習指導員で助産師の岡野眞規代さんとNPO法人「なごみの里」を運営する看取師の柴田久美子さんが、誰でもが等しく体験する生命の営みをそれぞれ別な視点からお話しされた。 

 岡野さんは、自然な分娩を推奨する吉村医院クリニックの院長である吉村正さんの実践と哲学に学び、吉村さんの経営する「お産の家」での体験を中心に、現代科学万能思想が生み出した病院でのお産のあり方に疑問を投げかけた。 

 病院のお産と言えば、医療の関与の必要のない妊婦までもが、その管理を受け、自然と切り離されたカタチでの分娩にならざるを得ないのが現状だ。確かに何か不測の事態があったときのためには安心だという安全弁のような感覚を妊婦や家族が持つのは、ある意味で当然のことである。しかし、それにしても健康で問題のない女性たちが安易に医療管理に制約されてしまう社会構造そのものに問題は潜んでいないのだろうか。 

 1950年代ぐらいから、病院のお産が始まったと岡野さんは言う。それまでは、自宅などでの出産が主流を占めていた。戦後、アメリカのスタイルがすっかり定着して、いつの間にかお産は病院のものになってしまった。それは、母親になる女性の「本来の自然が育んだ女性性」をやはり疎外することにも繋がっているというのが、岡野さんが師と仰ぐ吉村さんの論である。 

 生まれてくる赤ちゃんは、では、どうだろう。これにも両者の間に大きな違いがあるのだという。病院とは違い、神々しいまでの自然の生命力が湧き出すような出産ができる「お産の家」では、生まれてきた赤ちゃんは、みなとても生命力が強く、泣くのも数回に留まる。さらに生まれた直後なのに目がぱっちりと開かれて「目力」があり、お母さんの目をしっかりと見つめるのだそうだ。 

 病院では、こうはいかない。蛍光灯などの人工灯に照らし出された乳児室に母親から切り離された何人もの赤ちゃんが一緒に寝かせられ、しかも目はつむられたまま、とにかく泣き続けるのが一般的な光景である。もっとも、生まれてすぐに赤ちゃんを母親に抱かせて、短時間の添い寝などをさせたり、母子同室制の病院もあるが、たいていは、授乳時以外は母子は別々にさせるのが定番になっている。 

 ところが、お産の家で生まれた赤ちゃんは、生まれてすぐに母親の胸に抱かれて寝かされるので、泣くこともなくとても安らいでいるのである。赤ちゃんの目は、30センチまで見えると、岡野さんは語る。それは、「お母さんと対面したときにちょうどお母さんの顔が見える距離」だということでもあるから、自然の摂理は良く出来ていて、不思議なものである。 

 こうして医療関与のない自然な出産は、母親にも赤ちゃんにも安らぎがあり、愛情の分断が起きにくい。人間の土台は、受精から三才くらいまでが最も大切だというのが、お産の家のポリシーである。つまり、妊娠から出産までの時期、そして、母親との密接なつながりが必要である三才までの時期こそが自然なる母子の黄金期であるわけだ。 

 こうしたお産を成就させるために、お産の家は、いわゆるパワースポットを連想させるように大自然の恵みを感じさせるところに立地している。家屋も、日本古来のスタイルで、出入り口も段差があったり、頭がつかえるなどわざわざ危険をそのままに放置して、妊婦たちの生命力に刺激を与えている。昔懐かしい骨董品なども愛用されており、生活スタイルそのものが、古き良き時代にタイムスリップしたような錯覚に陥らせるのである。そうした環境のなかで、健康なら臨月まで平気でやり遂げられる薪割りや水汲み、廊下の水拭きなども仲間たちと行う楽しい日課の一つとなっている。早朝の山登りも、不安なく行われるそうだから、自然の生命力が持つ本来の姿は、想像を超えるものを秘めているようである。 

 岡野さんは、お産の家を創始した吉村正医師から、生命力を疎外しない昔ながらの自然なお産は、生まれてきた赤ちゃんのその後の生き方、さらには死に方にまでも影響を与えるのだと、教えられた。「助産師になって病院に勤めはじめたころ、卵巣がんなどで患者さんが病院で亡くなっていくのをよく目にしていた。まさに誕生と死の現場で、どんな死を迎えるのがいいのか、考えさせられ、当時からホスピスにも関心があった」と、岡野さんは、人間が生まれ、生き、やがて死を迎えるそのあり方に深い眼差しを向けている。 

つづく

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