田中愛子さん、マクロビオティックを語る
・・・・・稲田陽子
その一
マクロビオティックといえば、桜沢如一が創始者となって、世界中に広められた食の哲学とその実践法と言える。田中愛子さんは、桜沢如一の最初の弟子であり、戦前、遠くフランスやベルギーなどにマクロビオティックを伝えたのを皮切りに、世界の人々を食を通して癒し続けている。齢84のご高齢ながら、そのパワーは無限の宇宙から降り注がれているように、とてもお元気に動き回られている。
それもそのはず、桜沢如一が唱えた「無双原理」が、田中愛子さんの中に厳然と息づいているからだ。陰陽の統合された完全なる宇宙の調和と秩序の中に生きるとき、いのちのエネルギーがこんこんと湧き上がってくる。自然治癒力も、そうしたエネルギーが活躍してこそ生き生きと躍動するのである。こうした無双原理とは、最も上質のエネルギーに近づくための真理にちがいなく、また、同様に上質の「内なる自由、正義、平和」に恵まれるというものだ。
これが根底にあって、私たちは無限の宇宙、大自然のエネルギーという食をいただく。その陰陽のエネルギーに生かされているのが私たち生命体であると、田中愛子さんは語る。千島学説でも言われているが、いのちのある食が、良質の血液を作るのである。とくに、穀物を精製しないで食べるのが最も良い血液をつくるのだという。だから、玄米や全粒粉でいただくことは理にかなっており、しかも、玄米をよく噛んで食べると、唾液が薬にも変わり、ガンを消失させることにつながってゆく。
田中愛子さんは、こうして玄米をいただきながら、同時に玄米の外側の気をいただくことがとても重要なことだと言う。その気は、まさしくいのちの根源のエネルギーからのものであり、そのいのち全体を食することで感謝の気持ちを持ち、宇宙との融合意識に目覚めてゆく。だからこそ、マクロビオティックは、世界中のいのちあるものとつながりあい、一人でも不幸せな人がいなくなるように、すべての人々の幸福を実現したいと願うわけである。
田中愛子さんが自分の健康を回復しはじめたころ、師である桜沢如一は「自分をコントロールできるようになったら、今度は200人の病人を治すように」と、当時すでに愛弟子だった田中愛子さんに最初の役目を与えた。そこで、愛子さんは今度は病む人々を健康に導く役目に没頭し始める。そうこうするうちに、愛子さんの健康もしっかりしたものとなったが、さらに師からは、世界中の人々がマクロビオティックの食を通して幸せになるべく、渡欧するよう言いつかる。そんな愛子さんは明治生まれの父親から渡された「懐刀」を胸に渡欧したのだった。それは、愛子さんの行為が「日本の恥」になったときのための覚悟の「懐刀」であったという。日本独特の「恥の文化」の中で育った愛子さんには、それも当然のことのように受け止めていたのだろう。
では、その愛子さんは、渡欧し、何を伝えにいったのだろうか。
愛子さんは、20歳までは生きないだろうといわれるほど、虚弱だったのに、桜沢如一との出会いが、体も心も大きく変えてしまった。父は、アメの会社を経営しており、愛子さんも体がとろけそうなくらい、自然に甘いものを好物としてしまった。そんな愛子さんの体は、いつのまにか蝕まれてしまったのだが、桜沢如一に弟子入りし玄米を中心としたマクロビオティックと断食の実践で、奇跡的に回復した。桜沢の道場でいのちのエネルギーがすべて入っている穀類の恩恵を身をもって知ると同時に、そこには師の厳しい課題をこなす愛子さんの錬成の日々があったのだ。
病にあっても、優しくされることはなく、身も凍る寒さの中、靴下も履かずに米を研ぐものの、逆に体の方はどんどん良くなっていくのがわかる。断食をすれば、物質界のエネルギーが減って、その分精神エネルギーも高まっていく。血液が浄化されて、気が高まるので、これは病気の人には必要な養生法だという。
愛子さんは、こうした生活の中で、桜沢如一の思想を直々に学び、その感性を育んで、大きく成長した。すると、また、師は、新たな課題を出す。それが、「自分をコントロールできるようになったら、病人200人を治せ」という師の言葉だったわけだ。
この言葉を実践するのは、並大抵のことではない。しかも、その課題をクリアすると、さらなる課題が師から下る。それが無一文で渡欧し、言葉も分からないのにその地の病む人々をマクロビオティックで治すという任務だった。たった一人で初めて渡欧するわけだから、愛子さんにとって心穏やかではない。しかも、父が「懐刀」を渡すほどの重大事でもあった。だからこそ、愛子さんは、山の滝に打たれる修行をしたり、護身用に合気道を身につけたりするなど、覚悟の準備をしなければならない。まるでたった一人で日本を背負って立つような意気込みである。
目的の地は、ベルギーのブリュッセルだ。そこに到着するや、その中心地である「黄金の広場」に提供された5階建てのホテルに赴く。それは、一階にマクロビオティックの「聖地」とも言える「オー・リドレ(黄金の米)」という名前のレストランがあり、その名の通り落日前には建物に日の光が映え黄金のように輝くという。二階はお茶、お花、合気道の講習、そして東洋医学のお話をする場になっている。かの地ではマクロビオティックだけでなく、「日本の道は天に通ずとでも言うように、お茶、お花、合気道も教えた」のだそうだ。
愛子さんがマクロビオティックとその精神を伝えていくうちに、来る人来る人が健康になり、とうとうベルギーの別荘地に療養所までもが出来た。評判を聞きつけて、ここに来ることになったのが、愛子さんがその後担当することになる『フラビオ皇帝』の叔母であったのだから、縁とは異なもの、味なものである。まだ海外渡航をする日本人が希少だった時代、遠い日本の「マクロビオティックの伝道師」と不思議な糸でつながっていたのであった。
愛子さんは、東洋の医学をフラビオ陛下の叔母に当たる方に「講義」し、食を通して自然治癒力を引き出して、病を治癒に導いた。
糖尿病だった。愛子さんは、早速、自生するタンポポの陰陽を観察し、地球の真中に求心性のある真っすぐな陽性の根とその葉を採取して、マクロビオティック玄米菜食料理をふるまった。10日もすると、血液も浄化されきれいに快癒したという。その噂は、世界の有名人を引き寄せることにもなり、玄米が不足するほどうれしい悲鳴をあげることになった。
愛子さんは、こうして何かをやり遂げると、いつも師・桜沢如一に振り出しに戻るように宿題を出されたものだった。無一文のままベルギーに行き、そこでたくさんの病人を治すと、今度は、フランスが任地となって、ふたたび無一文のような状態で最初からやり直すのであった。そうやって、いつもハングリー精神を根底に据えられ、無双原理に基づいたマクロビオティックで人々を健康に導く姿は、まるで「修行僧」のようである。「みんなに大事にされるようになったら、それを止めさせ」、愛弟子・愛子さんに初心と原点に帰らせるのが、桜沢如一のやり方だった。
宇宙の気をいただくから極上の美味その一
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