ガン!その愛の進化とスピリット〜連載その十一

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稲田陽子


第一章 私の「ミレニアムの奇跡」
〜潜在性膵臓ガン宣告?とホメオパシー


その十一

 ホメオパシーの治療は、もうひと月は必要だとその「医者」に言われたものの、私は、さらに20万円も掛かることに躊躇せざるを得ない。相当に回復していたこともあり、私は、後は、千島学説的な食養生に切り替えようと思った。そこで、治療は中断となった。

 ここまでこじれた病気の原因であるシックハウス症候群を知ったのも、このころだった。私は、この奇跡的な「潜在性ガン」の治癒より二月ほど前、1999年の暮れに、自社企画で出していた「エコろじー」の取材を通して、重症の化学物質過敏症の患者さんたちと出会っていた。この取材を切っ掛けにしてシックハウス症候群や化学物質過敏症のことをよく理解するようになり、そのお陰で、自分の病気のナゾも解けてきたのだった。それで、病気が良くなったわけではないが、少なくとも、その「仕事」には社会的な使命感も伴い、私のやる気を引き出していったのは事実だった。

 かなり酷い症状に悩まされていたのに、私にはある意味で病気が自分の一部のようになっていたため、すでに大げさに騒ぐこともなく、激痛が解消されると、また日常に戻っていく日々を繰り返していた。そんな私は、かなり病気慣れしてしまい、どういう状態が健康なのかさえ忘れている。だから、あまり効力のなかった病院の胃腸薬でごまかしながら、それでも訳の分からない喘息の発作を起こさずに済んでいる分、マシなのだと思うことにしていた。

 それ以上に私にはしなければならないこと、やりたいことがあると、いつも思い込んでいた。それは、病気の重苦しさに捕われないためには、心地よくも大きな救いとなった。ある日、私は、童話の草案を練りながら、ふと、ある不思議な声を自分の中に感じたのである。

 それは、「カトマンズに行け」「カルカッタに行け」という声なき声である。何が何だか、さっぱり要領を得ない内容である。カトマンズと言えば、ヒマラヤであり、カルカッタと言えば、マザー・テレサしか思いつかない。私の中の潜在的意識から出てきたにはちがいないが、そんなところにまず第一に慢性病の私が行くなど考えられない。

 すると、夫は、必ずしも、本当に行け、ということではなく、それらは象徴的に出て来た言葉ではないのかと、言う。つまり、ヒマラヤということは、地球のことを考える環境問題へのアプローチで、マザー・テレサというのは、無償のボランティアのことでも指しているとでもいうことなのだろうか。

 確かに地球の温暖化や環境汚染の問題は、1990年代になると、にわかに注目され始めていた。まして、私自身、無農薬、有機野菜を宅配してもらっていたほど、自然の恵みをとても愛していたのだから、地球規模の自然や生態系の破壊は大きな問題だと感じていた。一方、マザー・テレサは、私の尊敬する人物の一人でもあったわけで、潜在意識にしろ「宇宙」のどこかからにしろ(笑い)、突如現れても、おかしくはないのかもしれない。

 私のこのひらめきは、その後、「ヒマラヤ」は、「エコろじー」に実を結び、「マザー・テレサ」の方は、同窓の友だちからもたらされた「スペシャルオリンピックス(SO)」の札幌準備委員会への広報参加というカタチで現れたと思われなくもない。

 ちなみに、SOというのは、ユニス・ケネディーが創設者で、知的障がいのある子どもや大人たちにスポーツプログラムを提供し、4年に一度は夏と冬の世界大会(祭典)を開いている世界的なボランティア団体である。アメリカでは知らない人がいないほどに有名な団体で、ケネディ財団の支援を受けて設立された。日本では、2005年に長野で冬季世界大会をした際には大きくマスコミにも取り上げられ、いまでは、メダルを取ったオリンピック選手たちも運営に参加するなど大規模な団体に成長している。SOのアスリートたちが主人公になった「able」や「Believe」をはじめ、障がいのあるアスリートたちが取材クルーとなった「きずな+上海に瞳をこらして」など優れたドキュメンタリー映画(小栗謙一監督)も撮られ、感動を呼んでいる。 

 私がそうしたSOに参加したのは、マザー・テレサを特別意識したわけではない。マザー・テレサは、それとなくほのかな光のように私の心の中にはあっても、あまりに厳しい次元で神の愛を実践された。そうではなく、私はアメリカのSOが実践しているボランティア精神に魅力を感じたからだった。そこに見られるのは、健常者も障がいのある人々もまったく同じ人間として融合しあっている姿だった。日本社会にはないボランティアのあり方に大きな衝撃を受けたのだった。上下関係で動きがちな日本社会では、どうしても相手を人格として見ることよりも「障がい者」として位置づけてしまい、その人の個性や能力を押さえつけてしまう。

 よく見られる光景として、高齢者介護施設などで「若い介護者」がまるで幼児に対するような言葉遣いで高齢者たちを扱い、童謡を歌わせながら「お遊戯」まがいのことをさせている。そんな光景を見るたびに、私は、何かが違うといつも思っていた。

 アルツハイマーの介護も同様であった。もちろん介護者には大変な労力がいるのだが、ときに患者が徘徊したり、暴れ出したりするというので、ベットに縛り付けてしまうのも珍しくないそうだ。ところが、私が取材し記事にしたもののなかに、それとは正反対のアルツハイマー施設がある。外国人神父が函館で運営するもので、内容は日本でも見習いたいことだらけであった。例えば、施設の庭に徘徊用の小道が創られ、患者は自由にそこを歩き回れるそうだ。そこで、患者同士が、「トンチンカンな会話」でも、とても楽しそうに話をするという。どんな珍妙な会話がかわされるものか、その神父様がユーモアたっぷりに話をされた。

 つまり、「人間は、老いてアルツハイマーになっても最後まで人間としてのプライドだけは残している。日本は、人権を重んじないのが当たり前になっているが、ヨーロッパでは考えられない」というのであった。

 私は、この言葉にも、SOの精神にも共通するものを感じている。どんなハンディーを抱えようが、すべてのものに「生きる意味」がもたらされているのだという感動と共感を覚える。当時のわたしが探していたものはまさにこのことだったのだろう。

 それは、千島学説的な治癒法に照らし合わせれば、「気の領域」に相似している。病にあっても、決して絶望する必要もなく、自分さえ求めれば、やりたいことが、いつの間にか「学び」とともに「ささやかな喜びの渦」を携え、眼前に現れてくるのではないだろうか。

 私は、エコろじーを通して親しくなったあの重症の化学物質過敏症の方たちがいつも生きる意欲を失わずに、日々の暮らしに小さな喜びを見いだそうとしている姿に意味を感じている。いまも化学物質に曝されながらも、徹底した自然食材でおいしいお料理を創る楽しみを持ち、なお、「宇宙からの救いのクリスタルベル」を見つけようと、夜空をあおぐその心には「生きる希望」や「意欲」がしっかりと息づいているようだ。おそらく、病気はそのままでも、「気」の領域の活性化が、その生命の大きな糧となり、免疫力を上げていることは間違いがない。
 

つづく

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このページは、jiai.netがNovember 18, 2009 3:03 PMに書いたブログ記事です。

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