〜〜〜〜存在論的魂の医療進化論へ
稲田陽子
第一章 私の「ミレニアムの奇跡」
〜潜在性膵臓ガン宣告?とホメオパシー
その十
それからの一月、「何も考えずにただ寝ていること」という夫の「命令」で、私は一日中、寝ていることになり、その間、飲む薬はホメオパシーだけとなった。天真療法というのをご存知だろうか。「無為自然」の状態になって、ただひたすら何もしないで寝ている療法のことらしい。
私は、食事の支度以外は、何もせず床に伏していることになった。もっとも、療法の初期のころは、ホメオパシーを飲むと、それまでの病気の状態による疲れがどっと出たのか、寝ても寝たりないくらいに眠ってしまった。
これは、私にとってはとてもありがたいことで、回復を早めることにつながっている。それに、入院でもしようものなら、まだ小学生の子どもたちにもさみしい思いをさせることになるので、ただ寝ているだけの療法は、大歓迎だった。「お母さんは、少し体調が悪くて、寝ているよ」としか子どもたちには言わなかったが、たまには「過保護」を返上するのも悪くないようだった。
処方されたホメオパシーは、パンクレアス(膵臓)、チェルドニウム(肝臓)そしてさらに名前を記憶していないが、液体状のレメディーであった。
最近は、ホメオパシーの認知度と人気が高まっているが、ホメオパシージャパンのHPでガンの治療には肝臓の治療を一緒に行うことが必要だという言説をふと目にして、かつての処方を思い出し、理にかなうものだったことを確認している。
この的確な処方と「無為自然」の療養で、私は、それまでの消化器の不調から少しずつ解放されてゆき、ひと月後の「虹彩診断」で見事に不気味な縦の線も、リングも消失し、良好な快癒を得ることができたのだ。あまりにも早く私が回復傾向をみせたので、「医師」も驚かざるを得ないようだった。
その「療養生活」は、久しぶりに自分自身を振り返ったり、本を読んだりしながら、ホメオパシーを飲んでのんびりと寝ているだけのものだった。ところが、いつしか、その私の脳裏には、宇宙の真ん中には喜びの花が咲いているのだと、突然、ひらめくのだった。本当は宇宙には苦しみなどなく、その本質は喜びしかないのだというメッセージがやってきた。
痛みも苦しみも、本当には分かち合うことはできない。だから、言葉の慰めで分かち合っているように見えても、実はそれは幻想にすぎないものだ。確かに「孤独な認識」にちがいないが、実は、これほど背後に力強い希望が隠されていることはないのである。「陰極まればば、陽となる」という言葉があるように、宇宙はいつでもバランスを取ってくれている。
つまり、宇宙は、苦しみが目的で存在しているわけではない。苦しみは、自らが生み出している幻影なのだ。その本質は、愛であり、喜びであり、生命そのものではなかったか。そういう思いに私は、満たされた。これは、あるいは、ホメオパシーのメンタルな作用があったためかもしれない。とはいえ、まぎれもなく私自身の体験からにじみ出たものであった。
ちょっと書くのは照れくさいものだが、夫は、一緒に私の「宇宙の花」の話に感動して、とても励ましてくれた。しかも、千島学説の学徒であるのだから、その論拠に自信を持っているのも、私に希望を与えるに十分だった。
そうしたメンタルな調整がなされると、人は病からの脱出も早くなるのかもしれない。少なくとも、ホメオパシーが効かなくて、本当のガンが発症するのではないかと、周りからも脅かされ続けたら、しまいにはその通りになってしまったことだろう。
こと、医療に関しては、二人とも「変わり者」で本当によかったと思う。
つづく
ガン!その愛の進化とスピリット〜連載その十
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