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〜〜〜〜存在論的魂の医療進化論へ
・・・・・稲田陽子
第1章 私の「ミレニアムの奇跡」物語
〜潜在性膵臓ガン宣告?とホメオパシー
その二
いまにして思えば、夫が、このときから、「ガンの兆候」があったのかと、いぶかしく思う。夫に重篤なものがあると、そこまで教えてくれているのに、詳しいことはやはりお金を払わないとだめなのか。結局そのままになった。夫も、そんなことは全く気に留めている様子もなく、症状の顕著な私にともかくも治療を受けるようにと、熱心に勧める。
こうなったのも、もともとは、さらに遡ること10年、さんざんハイリスク妊婦とオドサレていた私が、新築の家で「化学物質過敏症」らしきものに「感染」したことから少しずつ体調に異変がもたらされることになったようだ。二人目の子どもが生まれたその年の冬、どういうわけか、風邪でもないのに空咳が日常的に出るようになった。暖房で部屋が乾燥したためかと思ったが、そうでもない。その当時は、上の子もまだ2歳で、二人とも、やれ風邪だ、熱だと、小児科に突っ走っていた時代である。ところが、風邪のウイルスは、寝不足で体の弱っている私にまで感染するのである。それも、あれよあれよと言う間に、気管支炎にまで発展して、子どもと同様に「重症化」してしまう。
私は、そんなはずはない、何かおかしいとどこかで怪訝に思っていたが、そのときは、「子育て奮闘(戦?)記〈笑い〉」の時代で、あまり自分のことを構うことはできない。ただ、ふと、建築中の業者が言った言葉を思い出し、何か関係があるかもしれないと思う程度だった。業者は、壁紙の接着剤が乾くまでちょっと時間がかかり、それまで少し匂いが出てくるかもしれないと何気なく警告した。それが、半年くらい続くかもしれないという。暖房を入れれば、その接着剤の匂いも当然強烈に蒸発して出てくるわけである。それを吸い続けたらどうなるのか、いまなら容易に想像もつく。
我が子が風邪を引くと、必ず私も、ナカヨシ感染し、しかも気管支炎を起こす。これではまるで子どもと同じだと、自分でもあきれていたが、この状態は、しばらく毎冬のジンクスになってしまった。もっとも、母親は、赤ちゃんをだっこしたり、抱きしめたりすることが多いので、当然感染しやすい状況下にはあるのだろう。
それにしても、同級生の子どもたちは、すでに上が小学生というのが当たり前なのに、私は、ようやく0歳児と2歳児の母である。この時代は、何よりも体力が勝負だ。だから、慢性寝不足症候群にも、「オッパイ、ミルク、オムツ、ダッコ、オシャベリ声かけ」と気合いをいれ、幼児教育にもそれなりに興味と面白さを発見していた。そんななか、よく高齢の方向きに「年寄りの冷や水」などという表現があるように、30代半ば過ぎの私の体力も、思うほどに若々しく理想的な気力(笑い)の方には応えてくれず、ばて気味でトーンダウンしてしまうことも珍しくなかった。
まして独身時代は、徹夜も辞さず書くことオンリーの生活。そんな私に子育てが始まると、家事労働はイメージの中でならいつも楽しく進むが、現実はきびしい。家の中はときに「のだめカンタービレ」の「変態の森」ならぬ「動物園」と化し(笑い)、お陰でヘルパーさんにでも助けを求めたい状況になってしまうこともあった。夫は、そういう私や子どもたちにともかくも寛容であったのは、大きな救いであった。
ところが、化学物質にも耐性を失っていた私には、繰り返す気管支炎だけでは収まらず、その内に何と喘息まで現れるようになって、次第にことは深刻になってくるのだった。
子どもたちも、よく喘息様気管支炎を起こしていたのも、あるいは、化学物質の影響があったためなのかもしれない。
こうした私の何気ない半健康状態の始まりが、その後のあの「潜在性膵臓ガン」騒動にまで発展していくとは、このときは誰が予想できただろう。
つづく


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