さきほどの書き込みで「チャングムの館」のことを書きましたが、
これはぼくが勝手につけた愛称であって、
このペンションの本当の名称は「愛菜家」です。
http://aisaika.info/
島根県益田市からさらに山のほうに入ったところにある「愛菜家」。
札幌からこの愛菜家に行くには、千歳空港からまず広島空港まで飛び、
広島空港から広島駅まで1時間くらいバスに乗って移動して、
そこから再びバスに乗って約2時間半山越えして行くしかありません。
そのバスの便も、一日にほんの数本しかありませんので、
「愛菜家」は遠い遠いところにあるペンションです。
なのに、ぼくはもう何度も何度もそこに通っていたのでした。
その理由は、益田市に「権現仙人の碑」があると知らされたからでした。
そのことをぼくに教えてくれたのは、島根県の小松健治医師。
小松医師は日赤病院の外科部長時代に権現仙人の予言を知り、
潔く病院を辞めて、いまは山奥で「養生所あうん倶楽部」をやっておられます。
その姿、生き方は、まるで仙人かのようで、
そんな小松医師に出会ったことから、愛菜家に出向くようになったのです。
というのも、小松先生との出会いの場(九州大学でのセミナー)に、
たまたま美均さんもいらっしゃっていて、
そのときの印象はまるで「現代のチャングム」そのものでした。
そのころぼくは『千島博士とチャングムの対話』を書いていましたので、
http://www.creative.co.jp/top/main3005.html
http://www.creative.co.jp/top/main3006.html
(以下、13回連載。しかし途中で中断。残念!)
余計に「チャングムのイメージ」が強かったのだと思います。
ちなみに「現代のチャングム」は以下をご覧ください。
★「現代のチャングム?=酒井美均さん」
http://aisaika.info/about.html
こうして「小松医師&権現仙人」の縁によって愛菜家を知ったのですが、
その縁を生んでくれた「権現仙人」は「明治の予言者」でした。
すなわち、「今から100年後に世界と日本はこうなる!」と予言して、
その予言が、いままさに世界と日本で起こっているのです。
そして権現仙人の予言から、確か来年がちょうど100年になるはずです。
権現仙人のこともその予言も、あまり知られてはいませんが、
実は島根に「日本のノストラダムス」が実在していたのでした。
(実際に修行して悟りを得たのは広島駅の近く。
空海の室戸岬と広島駅、美都は、一直線の高電位層が貫いています)
さて、権現仙人とはいったい何者だったのでしょうか。
権現とは「蔵王権現」、その別の姿は毘沙門天です。
そのころのぼくは蔵王権現や虚空蔵求聞持法に関心を抱いており、
『幸せを呼ぶ暗号』の中でも虚空蔵求聞持法について触れていました。
「虚空蔵」…まさにそこに宇宙エネルギーの源泉があり、
それはいま、量子論で「ゼロポイントフィールド」として浮上しています。
それは「意識」と「エネルギー」と「いのち」の母(子宮)であり、
そして「宇宙の子宮=アーキャシャ・ギャルバヤ」こそが、
虚空蔵求聞持法のまさに本質、実相、エッセンスでもあるのです。
だからこそ権現仙人は100年前に「100年後の世界」を見たのでしょう。
しかもその予言は、カタカムナの天然物理からしても必然の現象であり、
いま報道されている政権交代での新内閣誕生も、その内にあります。
いま、これだけガンが大問題になってきているのも権現仙人の予言そのもの。
ガンの完治は、決して医学的視座だけからではもたらされないでしょう。
そんな思いがあったこともあり、小松医師との出会いから、
ぼくは可能な限り、島根の美都に出向きました。
しかしその後いろんなことがあり、しばらくご無沙汰してしまっていました。
そんななか、昨日突然「チャングムさん」から電話が入ったのでした。
こんなことを書いてしまうと、またもやメルマガの読者が急減するでしょう。
「やっぱり、稲田の頭はおかしかったんだ!」
「となると、稲田が言う千島医学もオカルトまがいの医学なんだ!」
読者の中に、そう思う人が出て来ても決して不思議ではありません。
にもかかわらず、ぼくはいま、誤解されても書かねばならないと思っています。
イマという時代は人類史におけるサナギ的な時期であり、
これまでの「毛虫的な組織と器官」が崩壊、溶解して、
「チョウチョ的な器官と組織と感覚、価値観」が再組織化され、
いよいよ「羽化」して全く新しい社会が現象化していくのだと…。
毛虫、サナギも、羽化も、チョウチョも、もちろんメタファー(隠喩)です。
しかしこうした昆虫のメタモルフォーゼ(変態)のプロセスは、
まぎれもなく自然の中で起こっている事実であり「生命の神秘」です。
それは決して、オカルトでも魔法でも手品でも錯覚でもなく、
明らかに自然科学も認めている昆虫の実際の変化の姿です。
そしてこのメタファーが、いま人類史の中でイマ起こっているのです。
1938年に「人類史の文明の法則」を発見した村山節は、
その事実を1975年に出版を通して社会に発表し、
21世紀にはアメリカ文明が凋落し、資本主義は崩壊すると予告しました。
その当時のそのメッセージは、全く信じられないような予告でした。
しかしいま、明らかにその兆候が現れ出、文明法則の力学が作用を及ぼしています。
34年前には「まさか」と思ったことが、現に実際に現象化しているのです。
この事実を容認するだけでも、生き方が変わってきて当然と思うのですが、
それに加えて「カタカムナの天然物理」のダイナミズムが作用しています。
カタカムナを知れば、どこに向かおうとしているかがはっきりと分かるでしょう。
それが分かってしまえば、不安は消え、むしろ希望が立ち昇ります。
ガンにおいても全く同じで、不安が完全に消えたとき「完治」もありうるのです。
こうしていつのまにか、ぼくは「ガン呪縛」の話から、
気がついたら「不安呪縛を解く」話にシフトしてしまっていました〈笑〉。
これにも、意味があるのでしょう。
大事なことは「自然体」で生きること。
起こることすべてを、そのまま受容してしまうこと。
戦ってみても意味がありません。
戦うこともある段階では意味があり、その結果悟れるのかもしれませんが、
いまのぼくはただ自然体で、思うことを語り、行動していきたいと思っています。
これまでの「科学信仰」に呪縛されてしまったサヌキ型の社会では、
神秘的なこと、オカルトめいたことを語ると「知性的でない」とバカにされました。
だからぼく自身も、あまりそういったことには触れないようにしてきました。
しかし、時はすでに満ちています。「そのとき」が近づいてきています。
それを裏打ちする政治的な現象として、オバマ政権、鳩山政権が誕生しました。
ただ、これらは「貧乏クジ」として埋没してしまうかもしれません。
それでも間違いなく、人類史的なメタモルフォーゼは起こります。
そのカタチがどうなるかはともかくとして、
単なる今日の延長はありえません。景気回復という感覚も過去のものです。
たとえ「一時的な崩壊劇、溶解症状」によって社会が混乱するとしても、
人類史はまぎれもなく、全く新しいステップに踏み込もうとしています。
すみません。
ほんのちょっと「愛菜家」のことを補足しようと思って書いていたら、
またまたついリキんで、話が大きく発展(誇大妄想的?)してしまいました。
繰り返すようですが、こんなことを書いてしまうと、
「あいつはアホか!」とか「やっぱりオカルトだった!」など、
メルマガの読者が急減するだろうことは分かっています。
でも、たとえそうであっても、これからははっきり語ったほうがいいような気がします。
そう思わせてくれたものは、やっぱり宮沢賢治の言葉であって、
みんなにデクノボウと呼ばれ、
ほめられもせず、苦にもされず、
そういう者に 私はなりたい…
そう、「あいつはアホか!「オカルトか!」と言われても、それでいい。
もはや「知的なイメージ」を維持しようとするヤボなことはやめたいと思います。
その「知的なイメージ」というものは、
あくまでも、単なるサヌキ型社会の所産にすぎないからです。
つまりは、崩れ去るものに固執してみても意味がないということです〈笑〉。
それにしても、孤高な詩人・高橋元吉は、素晴らしい詩を残したものです。
崩れるものは 崩れ
流れ去るものは 流れ去り
さうして山は いよいよ美しくなる
自分自身の中に、そしてその生き方に、
宇宙の摂理をダブらせて考えて生きたこの孤高な詩人は、
直感的にイマという時代の到来を、早くも見ていたのかもしれません。
そこには達観した壮大な諦念があると同時に、
そのあとに現れ出る「美と希望」を描き出してくれています。
ガンも全く同じで、ぼくのガンは「崩れ去り、流れ去り」ました。
千島博士が千島学説で言った通りのことが、自分の身体に起こりました。
この体験的事実からしても、千島学説は真実であり、
村山の「文明の法則」も「カタカムナの天然物理」も真実です。
これらは長い間「トンデモ科学・オカルト科学」として揶揄されてきましたが、
ようやくいまその封印が解かれ、多くの人々に希望を灯してくれています。
崩れるものは崩れるべくして崩れ去り、
そのあとで、いよいよ「美しい姿」が現れ出てくることでしょう。
稲田芳弘


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