昨日(28日)の夕方配信したメルマガに、次のように書きました。
この4日間の九州での出来事を振り返ってみますと、
まるでゲリラ豪雨のふところに飛び込み、激しい風雨や情報と戯れ、
異常気象と追いかけっこ?をしながら過ごした日々のように思えます。
そしてそういった「非日常的な出来事」の中から、
本当にたくさんの貴重なメッセージを受け止めることができました。
このことは、実は渋滞に見舞われた高速バスの中で考えたことであり、
さまざまな「情報に振り回された」その結果、
大変な間違い(判断違い)をしてしまったことに気づいたからでした。
「情報に振り回された」というのは、まずテレビニュースの情報です。
テレビではJRのこと(運休&遅延)ばかりが多く、
高速バスのことはほとんど報道されてなかったと思います。
となれば、高速バスのほうが安全と考えて当然でしょう。
実際、翌朝バスセンターに出向いて状況をたずねたとき、
カウンターの女性は「ひどい渋滞」にあることは知らされていないようでした。
またその前にホテルで高速バスの運行状況を聞いたときも、
「ホームページには特別何も書かれていない」ということでしたので、
「何も書かれてない」ということが「平常運行」を錯覚させました。
それに対してJRでは、かなり具体的な情報を伝えていました。
それはたぶん、社会的責任上の情報開示だったのだと思われます。
このように、情報は人々が判断する上で重大な影響を与えます。
ぼくの場合は「JRが安心か、高速バスが安心か」の判断をするために、
TVニュースやホテルでの説明、さらにJRと高速バスに直接聞いてみたのでしたが、
そのいずれもが「高速バスのほうが安心」といった印象のものでした。
ところがどっこい、実際には全くその逆だったのです。
これと全く同じことが「ガン問題」でも行われています。
ガンになったら手術、抗ガン剤、放射線治療の標準治療がベストで、
どこか怪しい民間療法は「自殺行為」のようなもの…。
これはぼくの「ガン宣告」に際して、医師がぼくに断言した言葉でした。
しかしぼくの場合は「千島学説」を知っていましたから、
そのような「情報」には全く影響されず、千島学説的治癒の道を選びました。
でも、多くの場合、医師や学者やマスコミのほとんどすべてが主張する情報、
すなわち、3大標準治療を疑いなく選択するようになるのでしょう。
要するに、これが「情報呪縛」というやつです。
「福岡ー熊本」間の高速バスは、一日に100本もが運行しており、
ゲリラ豪雨の当日(25日)も、運行そのものは実際行われていました。
その証拠に、JRとは違ってバスセンターに渋滞は見られませんでした。
これと同じように「ガンの3大治療」も、毎日たくさん行われています。
一日に100本どころか、毎日膨大な数のガン患者さんが、
日本中の病院で、抗ガン剤や放射線治療、手術を受けているのです。
そのことだけを見れば、3大治療がガン治癒の常道であり、
3大治療を受ければガンが治癒するような錯覚を覚えます。
しかし実際は、3大治療という高速バスに乗り込んではみたものの、
治癒への道が滞って、やがて不安と恐れに襲われる。
そしてついには「完治」ではなくて「死」に至る。
それが悲しいかな、現代医学によるガン治療の実際の姿なのです。
博多から熊本に行くには、JRと高速バスのどちらが確かか?
JRはすでに動いていましたから、たとえ徐行運転をしてもJRのほうが確かと、
ぼく自身の「直観」は、そう判断していました。
しかし「念のため」にさまざまな「情報」を確認してみたところ、
圧倒的に「高速バスのほうが確か」というものでした。
その理由は、渋滞情報を伏せたまま100本の運行が伝えられたからです。
「JRか、高速バスか」という選択は、単に時間的な問題にすぎません。
しかし「ガンの場合」は、選択が「生死の問題」に直結します。
それだけに「ガン呪縛・情報呪縛」に陥らずに、すなわち、
医師やマスコミの情報に呪縛されず、自分の直観を信頼することが重要です。
JRならわずか10分で到着する距離を1時間40分もかかったバスの中で、
ぼくはそんなことを考えていたのでした。
さて、ここで問題です。いったい、なぜ、ぼくは、
間違った「情報呪縛」に陥って高速バスを選んでしまったのか?
起こることにはすべて深い意味がある…、そう考えるぼくとしては、
バスの中で、列車の中で、この問題を考え続けていました。
答えとしては「単に勘が鈍っただけだよ」というものがありますが、
確かにそれもあったでしょう。
しかし物事にはすべて「多重の意味」が秘められていますから、
ぼくは「間違った判断の裏側に秘められているもの」を見ようとしました。
その結果、はっきりと分かったことは、
「たとえ判断が間違ってもいい。
大事なことは、気がついたらすぐにチェンジして行動することだ」
ということでした。
「大丈夫!」と言いながら、高速バスはひどい渋滞に巻き込まれています。
それは、明らかにおかしな現象です。そんなバスの中で、
「なんかおかしいぞ」「このままだとひどい目に遭うのではないか」
「思いきってバスを降り、JRに切り替えたほうがいいのではないか」
とぼくは考えていました。
多くのガン患者さんも、抗ガン剤治療を受けながら、そう考えるそうです。
身体が猛毒を受けて全身で悲鳴を上げているのですから、
「なんかおかしい。このままでいいのか?」と思って当然でしょう。
そういったときは、急いで治療方法を考え直したほうがいいでしょう。
ぼく自身、高速バスの中で頭をフル回転させながら考えました。
その結果、高速道路に入る前にバスから降ろしてもらい、
JRで博多駅まで戻って、熊本行きの特急に乗り込んだわけですが、
面白いことに、いざ決断するや、事がどんどんスムーズに運びました。
博多に戻る列車も、熊本行きの特急も、ほとんど待ち時間がなく、
実にタイミングよくすいすいと動き出していったのです。
もしもぼくが最初からJRに乗っていたとしたら、
約束の時間近くには熊本に到着できたかもしれませんが、
しかし、直観による判断→即座の決断→下車&乗り換え行動
といったものは体験できませんでした。
メディアや関係者の情報に呪縛され、間違った判断と行動をしたがゆえに、
そのあと自らの直観と決断による対処の仕方を学ばされたのです。
そう思うと、あの渋滞体験も決してムダではなかったと思います。
間違った判断と行動からも、貴重なメッセージが得られたからです。
ぼくの場合は、高速道路に入る前に決断したからこそ、
2時間のロスはありましたが、無事に熊本に到着することができました。
もちろん、そのままバスに乗っていたとしても、熊本に到着できたでしょう。
しかし、それはただバスに拘束された時間の「嫌な思い」が残るだけで、
自らの直観による判断と決断、行動の快感は得られなかったと思います。
こんなふうに書くと、「どこかおかしいな」と思いつつも、
そのまま「バス=病院治療」に乗り続けている多くのガン患者さんに対し、
たぶん焦りや戸惑いを感じさせてしまうことにもなりかねません。
「そうは言っても、もうすでに高速道路を走っているんだよ。
いったい、この時点でどうしろと言うのだ!」と…。
大事なことは、誰か他者の判断に頼るのではなく、
自らの判断と決断と行動が何よりも大切なのだということです。
それさえあれば、たとえどんな状態からでも治癒パワーを開くことができます。
「ガン完治の高速道路」に期待して、病院治療のバスには乗ったものの、
その途上、ひどい不安と恐れと苦しみに悩まされ続け、
「はい、ここが終点です」と病院から捨てれてバスを降ろされ、
途方に暮れた状態からでも、まだガン完治の望みは残されています。
その場合、大事なことは「自分の意志で気づき、行動する」こと。
自分の生命パワーを信頼する「自愛」こそが完治への決め手になるでしょう。
こうして博多から熊本へのプロセスは、ぼくに新たな気づきを与えてくれました。
そしてそのことを、熊本の集いでもお話ししました。
要するに、ぼくの判断違いによる2時間の遅れは決してムダではなかったのです。
嫌なこと、大変なことからでも、たくさんのことが学べるのです。
ガンは確かに嫌なものですが、そのぶん貴重なメッセージが秘められています。
ガンにならなければ気づかないことに、ガンのお陰で気づくことができます。
そしてその多くが、人生を豊かに、素晴らしいものにしてくれる宝物です。
その意味で、ゲリラ豪雨に急襲されて本当に良かった!
無事に帰宅できたいま、心の底からそう思っています。
稲田芳弘


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