6月2日の朝札幌を飛び出し、昨夜なんとか無事に帰ってきました。
今回「ネサンセミナー」に参加したのは11名。
それぞれとも、大きな収穫を得て帰国してくださったようです。
さて、出発直前に、ぼくは以下のように記しました。
今回は「ネサンご夫妻のセミナー」を受けに行きます。
ぼくは自分の役割を、記録係(取材者)と勝手に決めていますので、
カメラ、ビデオ、録音機、ノートさえあればまずオーケー。
現地に行くには、パスポート、旅券、そして多少のお金。
これだけ忘れなければ、ま、なんとかなるでしょう。
http://www.creative.co.jp/top/main3691.html
実際、記録のための機材やパスポートなどはちゃんと持っていったのでしたが、
出発間際にお金を二つに分け、一つは腹帯状のポシェット?に、
他方は紙袋に入れてズボンのポケットに入れようと思っていたのに、
それをうっかり机の上に置き忘れ、そのまま出発してしまいました〈笑〉。
その失敗に気づいたのは、車で走り出してしばらくしてからのこと。
その時点で家に戻っては、飛行機に舞い合いません。
ま、現金がゼロというわけではありませんから、なんとかなるでしょう。
幸いにもぼく一人の旅ではありませんから、いざとなったら借りるという手もあります。
それにしても出発間際から波乱含みの旅となってしまいました。
そして...、その後さらに思いがけないハプニングが起きました。
成田を出発し、12時間後にトロント空港に到着しました。
ここでモントリオール空港行きの飛行機に乗り換えます。
モントリオール空港には別便で到着しているはずの光田さんが待っています。
その光田さんとの連絡をぼくの携帯でやりとりして合流することになっていましたので、
待ち時間の間に携帯を「国際モード」に切り替えようと思い、
ポケットに手を入れてみたものの、いくら探しても携帯電話が見つからないのです。
いったい、どこに落としてしまったのだろうか...。
しばらくやや焦りながら考えていました。
携帯の電源をオフにしたのは、たしか飛行機に乗り込んでからでしたから、
間違いなく飛行機の中で落としてしまったのだろうと思います。
6月2日の出発の朝は午前3時近くまで起きていて、
それから少し眠って5時には起きましたから、飛行機の中ではかなり眠っていました。
隣席の光田大輔さんとはそれなりにお話もしていた(つもり)のですが、
周りにいた酒向医師や、渡辺医師、大輔さんたちからは、
「稲田さんは良く眠ってましたねぇ」と呆れられるほどでしたから、
ぼくは間違いなく爆睡状態にあったのだろうと思います。
それも、足をテーブルの前に折り畳んで寝ていましたから、
そのときにズボンの右ポケットに入れておいた携帯電話が床に落ちたのだろうと思います。
いずれにしても携帯電話がなくなってしまいました。
そのことをフランス語通訳の松山さんに伝え、トロント空港で確認してもらいましたが、
結局、携帯電話は見つかりませんでした。
となると、モントリオール空港ではどうやって光田さんと連絡したらいいのだろうか。
それには、光田さんの従兄弟の大輔さんに光田さんの電話番号を教えてもらい、
もう一人「国際通話」が可能な通訳の松山さんの携帯から連絡すれば何とかなります。
ということで、「光田さんとの連絡」は何とかなりそうで、まずはホッとしました。
しかし、そこで安心するわけにもいきません。
というのも、カナダから帰った翌日(8日)には東京で人と待ち合わせ、
「音響免疫療法」の開発者にいっしょに会いに行くことになっていましたから、
携帯電話がないと、その方との連絡も待ち合わせもできません。
さて、どうしよう?
そこから、携帯電話を巡るさまざまな問題が浮上してくることになりました。
いまの社会では、携帯電話が人とのつながりの窓になっていることがよく分かります。
実際、わが家の家の電話や会社の電話はちゃんと暗記しているものの、
妻や娘たちの携帯番号ですら、頭に記憶はしていません。
これはメールアドレスも全く同じで、手元に携帯があって初めて通信が可能となります。
それだけに、手元から携帯電話が消えてしまったら、ほとんど音信不通となってしまいます。
ということで、モントリオール空港では無事に光田さんと合流でき、
そのあと大きなバスに乗ってシェルブルックのホテルに到着し、
部屋に入って荷物を降ろしてから、しばらくいろいろ考えていました。
飛行機の中でぐっすり眠ってしまったこともあって、なかなか眠れません。
そんななか、「そうか!」と思い当たることがありました。
シェルブルックのホテルに到着したのは夜の9時過ぎだったと思います。
1年前と同じホテル、そのうえ部屋まで全く同じでした。
今回も部屋にはネサン夫人から歓迎のメッセージに加え、
花束やチョコ、ミネラルウォーター等々がそれぞれに届いていました。
去年と全く同じ歓迎に向かえられ、明日から始まるセミナーのことを思いました。
まずは、寝坊しないようカナダ時間を確認することが必要でしたが、
携帯電話がなくなってしまいましたから、時間が分かりません。
ぼくは時計は持たず、時間も携帯の表示に頼っていたのです。
そこで持参したパソコンを開き、カナダ時間を確認しました。
部屋には実は時計があったのでしたが、翌日教えてもらうまでは全く気づきませんでした。
ネサン夫人から贈られた花束を去年と同じように窓辺に飾り、
それからしばらくいろんなことを考えていました。
起こることにはすべて意味がある...そう思って生きてきたぼくでしたが、
となると、今回の携帯電話喪失事件?にはいったいどんな意味があるのだろう?
そんなことを漠然と考えていたら、「あれっ?」と思うようなことが思い起こされたのです。
そうです。今回とちょうど同じようなことを、ぼくは30年前に体験していました。
それも、記憶を辿ってみると、30年前の同じ6月の出来事でした。
羽田からパリ行きの飛行機に乗り込んだあと、出国直前で友人に電話したときに、
大事なノートを電話ボックスに置き忘れたことに気づいたのでした。
そのノートには、それまでの人生での大事な出会いのすべてが記録されていました。
その当時は携帯などありませんでしたから、日本を発つに際してぼくは、
仕事上や人間関係など大事な人の住所や電話番号などを一冊のノートに集約し、
その一冊を抱えてパリに旅立とうとしていたのです。
その大事な大事なノートを、うっかり電話ボックスに忘れてきてしまった。
それに気づいたのは飛行機に乗り込んだ直後でしたので、
あわててスチュワーデスさんに事情を伝え、急いで探してもらうことにしました。
しかし、結局、ノートは見つかりませんでした。
そのノートには、過去の大事な人脈だけでなく、パリの予約したホテルや、
訪ねることになっている人や場所などに関しても記録されていました。
その大事なノートがなくなってしまったということは、
ぼくの人生から「過去」と「未来の計画と予定」が消えてしまったということです。
これには、本当に弱ってしまいました。
そのとき、正直かなり落ち込みながらいろいろ考えていました。
なぜこんなことになってしまったのか?
これからいったいどうしたらいいんだろう?
まず、それまでに出会った大事な人脈(つながり)のことですが、
幸いにも大事な電話、すなわち実家の電話や住所などは頭に暗記しています。
また当時は電話をかけるときいつもダイヤルを回していましたから、
仕事上や人生上の大事な人の番号もまた暗記していました。
となれば、帰国したときにまず電話して、住所を教えてもらえばいい。
こんなふうに一人一人のことを思い出しては考えているうちに、
ぼくにとって不可欠と思える人との連絡はなんとか可能であることが分かってきました。
しかし、どうしても思い出せない電話番号も多々出てきました。
「彼とはいったいいつ、何がきっかけで出会ったのだろう?」
その記憶を辿っていくうちに、「そうだ、彼からの紹介だった!」などと思い出し、
いつのまにか人脈マップが少しずつ出来上がっていったのでした。
しかも、びっくりしたのは、ぼくにとって非常に大事な人との出会いが、
「嫌なやつだなぁ」と思っていた人からの紹介だったりもしたことです。
そのことが分かるや、「嫌なやつ」という感情がすっかり消え、
「実は、ありがたい人だったのだなぁ」と思えてきたりもしました。
こうした人脈マップの再構築は、ぼくにとって非常に意味のあるものとなりました。
それでも、どうしても連絡ルートが分からない人たちもたくさん残っています。
そのとき、思いました。
そうか、そういった人はもう忘れてしまってもいいということなんだ!と。
もしもその人が必要な人ならば、向こうのほうから連絡が来るだろう。
それまでは、あまり気にしないでただ待てばいい。
そう思うと、とても気持ちが落ち着いてきました。
なにかとんでもないへまをやらかし、パニックに陥ってしまうと、
どんどん泥沼に陥っていくばかりです。
しかし、そのヘマに意味を見いだし、そこからのメッセージを素直に受け取ってしまうと、
その時点から次々とうれしい出来事が起こってきます。
30年前のパリ行きの「ヘマ事件」でも全く同じで、
「過去の人間マプ」に一応の出口が見え始めるや、
パリのホテルことなどもきっと何とかなるはずと思えてきました。
実際、そう思った直後、
ぼくの落ち込んだ様子や思案の様子をずっと気にしてチラチラ眺めていた隣席の男性が、
ぼくに話しかけてきてくれたのです。
彼の名はノエルくん。日本の陶器が大好きで、日本文化のフアンでもありました。
その彼と、パリ行きの飛行機の中ですっかり友だちになってしまったのです。
そして、空港に出迎えに来てくれていたノエルくんの奥さんの大奮闘により、
無事にホテルにまで案内していただき、その後も何とか旅を続けることができました。
そんな体験を通して思ったことは、私たちには「大きな力」が作用しているということです。
人間の浅知恵や偏ったわずかな知識や情報では計り知れないことが、
いろんな迷いを捨て、大きな力を信頼して開き直ったときから新たな動きが始まります。
今回の「携帯電話喪失事件」は、30年前のそのことを思い出させてくれました。
いったん失った記録を回復していくのは、それなりの時間が必要とは思いますが、
そのことも含めて、そのプロセスそのものが非常に意味のあることだと思っています。
そんな「悟り?」めいた気分になれたとき、もう空が明るくなっていました。
ということで、いよいよその翌日からセミナーが始まっていくのですが、
その模様に関しては、ありがたいことに光田さんがブログに書いてくれていますので、
そちらのほうもぜひお読みいただきたいと思います。
http://caycegoods.exblog.jp/
とにかく今回の旅は、ぼくの「携帯紛失」にみんなを巻き込んだこともあって、
その後も次々と起きる「ぼくのドジ」に、みんな大笑い。
「稲田さんは免疫力を高めてくれる人」などという変なレッテルが貼られたりもしました。
それらについては、また書かせていただきますが、
ということで、いまのぼくには携帯電話がありません。
早めに新しい電話を入手しようとは思ってますが、
しばらくは携帯が使えませんので、どうかご了承いただきたいと思います。
なお、出かけるとき、会社にかかる電話も携帯に転送するようセットしましたので、
もしも不在中に「011-671-7880」に電話くださった方は、
もう一度お電話いただきたいと思います。
これまでにお電話くださったガン患者さんの番号や情報もすべて携帯で記録していましたので、
(氏名のところに、氏名・地名・○○ガン・転移ありなどとメモしてました)
その記録がなくなってしまったいまは、改めて構築し直す以外にありません。
これまた、ホ・オポノポノに言うクリーニング(記憶の消去)かもしれません。
ぼくにとって必要なことが起きたとは思っていますが、
それにしても「過去の記録」が一挙に消えてしまったことは大変なことです。
これからもう一度新しく出直したいと思っておりますので、
どうかよろしくお願いいたします。
ここら辺でとりあえず配信させていただき、続けて書かせていただきます。
稲田芳弘


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