昨日は「ネサン・セミナー」の内容にまでは入れず、
飛行機の中で携帯電話を落とした事件?で終わってしまいました。
しかしみなさんが知りたいのは、そんなぼくの「ドジ話」ではなく、
セミナーでいったいどんな話がなされたのかということだと思いますので、
続けて、いよいよその話に入ってみたいと思います。
明日からセミナーというのに、眠るべき夜に目が冴えてなかなか眠れず、
その代わりに携帯紛失からのメッセージをちょっと悟った?ぼくは、
翌朝一応寝坊しないように起き、落ち着いてみんなと朝食をとり、
タクシーに分乗してネサンご夫妻が待つロック・フォーレストに向かいました。
すると、ご自宅の前にはネサン夫人が一行を待ち受け、
まずは通訳の松山さんと、例のあの激しいハグ〈笑〉、
続いて萩原先生、さらにぼくを見つけて走ってきました。
ぼくもちょっと走ったでしょうか。
豊満なネサン夫人と痩せたぼくとのダイナミックなガブリ四つは、
たぶんマンガチックなシーンとして映ったに違いありません〈笑〉。
こうして一年ぶりの再会を果たすことができたのでした。
そのあとセミナーが開催される部屋に案内され、
まずはその奥の部屋で「プレゼント・セレモニー」が行われました。
我々一行が持ち寄ったプレゼントを説明しながら手渡す儀式?です。
その中には「麻で作ったフンドシ」とその付け方実演などもあったりして、
思わず爆笑が湧く、それはそれは楽しい時間となりました。
一年前のセミナーは、すぐそばに陽春の緑を映すマゴグ河が見渡せる、
半地下部分の気持ちのよい空間で行われたのでしたが、
今回は日本からの参加者11名、さらにカナダ人スタッフ5名も加わりましたので、
1階の広い空間にテーブルを並べ、その空間でセミナーが行われました。
一年前は、そこに飲み物や果物、ケーキなどが並べられていたのでした。
そんなこともあり、今年の飲み物&果物&ケーキコーナーは、
廊下部分に設置され、そこには今年もさまざまなものが並べられていました。
珈琲に目がないぼくは、まず大きなカップに波々と珈琲を注ぎ、
セミナーが始まる前にゆっくりと味わいました。
見るとテーブルには名札が置かれていて、座る席が決まってます。
ぼくの席は、ネサン夫人のすぐ隣。
しかしそこからではビデオ撮影や写真撮影がうまくいきません。
そんなわけで席を移動させていただき、真っ正面に機材を据えました。
機材を設置するや、ぼくのテーブルの上だけが雑然としています。
それもそのはず、三脚の上にビデオカメラを乗せ、
その脇には録音機材、そして2台のカメラ。
さらにネサンさんから渡されたバインダー綴じの分厚い資料。
そしてセミナー直前に再び珈琲を注いでそこに置きましたから、
メモをするためのノートを広げるスペースが十分にありません。
そんな状態の中で、いよいよセミナーが始まったのでした。
今回は2回目だったからでしょうか、
ネサン夫人はまず免疫機構を左右する4つのファクターの話から始めました。
「肉体・感情・知性・霊性」の4つの条件についてです。
この話の中で特に強調されたのは、「自発的な意志」ということ。
ガン治療の場合も、自らの意志によって自らが選択し、
自らの信念で決めていくことの重要さをお話しされました。
そして次に、
「医学は、決して単なる科学ではない。
医学は、むしろ芸術と考えるべき」
という「名言」が語られました。
この言葉が意味するものは、患者は一人一人がみな違い、
ガンの原因も複合的、重層的であって、それぞれに違う。
だから、医師は個々の患者の外側の症状だけではなく、
目には見えない内なる世界にまで目を凝らさなければならない。
(こんな表現ではありませんでしたが、ぼくはそう受け止めました)
とにかく、ガン治療に万人共通のマニュアルはありません。
芸術家が作品の一つ一つを、心を込めて手作りするように、
医師が患者に対する思いやサポートが非常に大切であることを話されたのです。
これはまさに量子論的世界の出来事です。
そのデリケートで絶妙な医師の役割を、
ネサン夫人は「医学は芸術である」という言葉で語られたのでした。
これには思わず「う~ん」と唸ってしまいました。
これに対してネサンさんはどう聞いているのかと思ってネサンさんの顔を見ると、
ネサンさんも「そうだよ、そうだよ」とばかりにうなずいています。
とにかく、医師が患者さんに与える影響力は甚大です。
ガンを恐れる医師の治療を受けては、患者さんも浮かばれないと思いました。
とまぁ、こんな感じでセミナーがスタートしたのでしたが、
狭いスペースにノートを広げてメモを取るもどかしさを感じていたぼくは、
テーブル上の機材の配線が気になったため、整頓しようと手を伸ばしました。
すると、そのコードが珈琲カップにひっかかり、
なんと、テーブル上でカップが倒れて周り中が珈琲の海〈笑〉。
いただいた大切な資料が、思いっきり珈琲色に染まってしまいました。
もちろんそれは下の床にも洪水のごとく流れ出したため、
あわてたぼくは何か拭き取るものがないかと動き出しました。
それを見た一同が、このハプニングに驚くと共に大笑い。
隣に座っていたカナダ人スタッフはさっそく布巾を取りに駆け出しました。
こんな大失敗をやらかした場合、普通なら顰蹙をかって睨まれたり、
あるいは厳しく諌められて、落ち込んでしまうところでしょうが、
幸いにも、みなさんとも明るく笑って見守ってくれました。
なにしろぼくには「停滞紛失」の「前科」があります。
それに続くこのハプニングで、以来ぼくはすっかり目立つ存在になってしまいました。
ちなみに、光田さんが妻に送った携帯メールを後で読ませてもらったところ、
以下のような文言がありました。
稲田さんはとってもお元気ですよ。
あまりにお茶目なのと、おっちょこちょいなので、
私たちの笑いをいつも誘ってくださいます。
なので、稲田さんは「歩く714X」と呼ばれています。
今日はどんなお茶目(つまりはドジ!)をしでかしてくれるか、
楽しみにしているくらいです。
んん? これにはもう苦笑するしかありません〈笑〉。
実際、その後も僕は次々と?ドジを繰り返しました。
その一つ一つを拾い出して紹介すると「マンガセミナー」になりそうです。
それにしても、ありがたいものです。
普通なら、みんなからシカトされたり非難されても当然というのに、
「稲田さんを見ていると免疫力が上がる」と言ってくださるのですから。
これは要するに「ついつい笑ってしまって、元気になれる」
つまりは「笑いの対象」ということなのですが、
それを「お茶目」「おっちょこちょい」と表現してくれますと、
なんとなく嫌な気分にならずに済みます。
そこにたぶんみなさんの「慈しみ」が感じられるからでしょう。
そんなものを感じていたからでしょうか、
「人間関係というものも一種の芸術作品づくりなんだな」と思うに至りました。
それから、その後気づいたことですが、
人間の先入観、つまり最初の強烈な印象インパクトというものは、
ものすごい共振力と感染力を有しているという事実です。
こんな言い方をするとややこしくなりますが、
要するに、「お茶目な稲田」という思い(イメージ)が、
ぼくのどんな仕草や言葉からも次々と笑いを引き出すということです。
女医の岩田さんなどは、ただ見ただけでも大笑いしてくれました。
その意味で、ぼくに向けられるみなさんの表情はほとんどが笑顔で、
それにはぼくもずいぶん癒された思いがいたします。
そこでふと思ったことは、
せっかくだから、これからは「お笑いキャラ」でいこうか〈笑〉。
というのも、ガン患者に笑いは非常に有効な治癒条件であり、
「お笑いキャラ」がガン患者さんを完治に導いてくれるなら、
それまたいいかも!と思ったようなしだいです。
実際、光田さんはぼくのことを「歩く714X」と称しています。
「714X」の実質は、ほとんど水同然(つまりホメオパシー的)、
それがリンパの流れを正常化して、治癒力を引き出してくれるのですから、
「歩く714X」という呼称はぼくにとって光栄そのものです。
で、その後のセミナーで分かったことですが、
714Xの役割は、とてもホ・オポノポノ的なものでもありました。
それを一言で言えば「クリーニング」...。
これに関しては、また改めて書いてみたいと思います。
稲田芳弘


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