今日6月27日は「特別な日」でした。
いえ、3週間ほど前、ぼくはこの日を特別な日として強く意識したのでした。
カナダでセミナー二日目が終わり、まだ明るいシェルブルックの街に繰り出し、
「ネサン裁判」が行われたシェルブルック裁判所を訪れたときのこと...、
裁判所の入り口でネサンが通り過ぎるのを待ち続け、
ネサンに心から支援の声をあげた大勢の人々の歓声が聞こえてくるような気がしました。
そうです。今日6月27日は、今からちょうど20年前に、
終身刑のワナにはめられようとしていたガストン・ネサンに対して、
世界中から「絶対的支持の声」が上げられたまさにその日だったのです。
前回(2008年5月)の訪問では、裁判所を訪ねることはできませんでした。
しかし今回の訪問では、どうしてもその裁判所を見ておきたいと思っていました。
そこで二日目のセミナーが終わったあと何人かに声をかけ、
ホテルからタクシーに分乗して裁判所を訪ねてみました。
裁判所というと、つい煉瓦造りのクラシカルな建物をイメージしてしまいますが、
シェルブルックの裁判所はとても近代的な建物でした。
この入り口に100人以上の人々が集まり、ネサンを激励したのです。
そのあと彼らはウエリントンホテルまでデモ行進し、そこで第一回記者会見を開催しました。
ネサンによって命を救われたガン患者たちが、714Xの奇跡的効果を証言したのです。
『完全なる治癒』にはそのときのことが紹介されていましたので、
裁判所に続いて私たちもそのウイリントンホテルまでの道を歩き、
今からちょうど20年前の今日行われた記者会見の場に身を置きました。
そして、とても感慨深いものを感じました。
間もなく出版される『ソマチッドと714Xの真実』~ガストン・ネサンを訪ねて~
の中に、20年前のその状況を、ぼくは以下のように書きました。
参考までに、ここにその一部をご紹介いたします。
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ネサン支援の熱い証言
ガストン・ネサンは、若くしてソマトスコープを発明し、それを通してソマチッドを発見、
さらには難病に画期的な治癒効果を発揮する数々の製剤を開発してきた。
だからこそ社会から注目もされ、また多くの患者たちから感謝されながらも
医師会からはひどく疎まれ、邪魔者扱いされてきたのだった。
そしてこの宿命的な対立がピーク点に達したのが、1989年のあの「ネサン裁判」だった。
この裁判はすでに述べたように、
ネサンを終身刑に追いやろうとする医師会側の企図が露骨であり、
それを行政(カナダ厚生省)やマスメディアが強力にバックアップした。
それだけに、それまでも何度かワナに嵌まりながらも何とか乗り越えてきたネサンであったが、
このときばかりは「これでついにネサンも終しまいか」
といった絶体絶命的な苦境に立たされていた。
もしもこのときネサンが有罪になっていたとしたら、
ソマトスコープも、ソマチッドも、714Xの真実も歴史の闇に葬られてしまったことだろう。
だとしたら、クリストファー・バードによる『完全なる治癒』の出版はなかっただろうし、
ぼくもネサンのことを知るべくもなかった。
しかし幸いなことに、絶体絶命の大ピンチに追い込まれたガストン・ネサンは、
裁判で見事に勝利した。
そしてこの大逆転的な勝利をもたらしてくれたものこそ、
ネサンによって命を救われた大勢の元患者たちによる「熱い証言」であった。
『完全なる治癒』を読むと、ネサンが開発した714Xの驚くべき成果が伝わってくる。
なんと「ガン完治率が75%」というのだ。
とても信じられない。本当だろうか。
もしそれが真実なら、なぜその事実が世界に伝わっていないのか。
これはぼくにとっての大きな疑問だった。
バウさんもまたこの点に大いに興味と疑問を抱き、
実際にそれを確認するために今回の「ネサンを訪ねる旅」が実行されたのである。
「ガストン・ネサンを守る会」
714Xによるガン完治率の数字はともかくとして、
ネサンが大勢のガン患者やエイズ患者たちの命を救ったのはどうやら真実のようだ。
というのも「ネサン裁判」の日程を決める審問が開かれたその日(1989年6月27日)の朝、
シェルブルックの裁判所の表玄関には各地から駆けつけ人々が100名以上も集まり、
目の前を通りすぎるネサンに大喝采を送って激励したからである。
彼らは手に手にプラカードを持ち、そこには
「命を救ってくれてありがとう!」「ネサンに正義を!」等々と書かれていた。
この事実は、そのまま多くの患者たちを救った714Xの効果を物語っている。
そしてネサンが裁判所の中に消えたあと、彼らは裁判所からウエリントンホテルまでデモ行進し、
ホテルに着くや即座に「ガストン・ネサンを守る会」を結成した。
彼らが自然発生的に「守る会」を立ち上げたのは、
いうまでもなく「命を救ってくれたネサンを守ろう!」という感謝の気持ちの表れだった。
そしてその場でさっそく「第一回記者会見」を開催した。
このときの記者会見では、十数名の元ガン患者が証言をしたという。
そしてそのいずれもが医師(現代医学)に見放された者たちによる
「ネサンよ、ありがとう!」の証言だった。
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「このこと」がちょうど20年前の今日起こったことを考えるとき、
なんか、とても不思議な気分にさせられます。
「ネサン裁判」でネサンはほとんど無期懲役刑に処せられる運命にありましたが、
しかし、20年前の今日から始まった「ネサン支援の波」が徐々に高まり、
裁判の判決では、奇跡的な逆転無罪が言い渡されたのです。
だからこそ、その劇的な記録が本となって出版もされ、
その結果、ぼくもガストン・ネサンという人物のことを知ることができ、
かつ「ソマチッド」と「714X」のことを知ることもできました。
その意味で、20年前の今日シェルブルックの街で起こった出来事こそが、
ぼくにネサンを知らしめ、ぼくをネサンにつないでくれたとも言えます。
だから今日6月27日は、ぼくにとって「特別な日」だったのです。
稲田芳弘


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