新型豚インフルエンザの国内発症と感染を巡って、
いま社会には、集団ヒステリー現象が起こりつつあります。
それは、社会を支配するある種の空気(波動)が、
あちこちに特定の症状(現象)を引き起こすというものです。
その最も良く知られた代表的な事例が「百匹目の猿現象」でしょう。
また形態形成場、つまり「形の場」による「形の共鳴」を実証した、
元ケンブリッジ大学教授・シェルドレイクの仮説からしても十分にありえます。
しかも社会全体を強く呪縛するこの特定の意識波動は、
無意識のうちに特定のウイルスを自然発生させる力さえ持ちえます。
それは量子論的に考えても、実際に起こりうることなのです。
(高尾征治=九州大学工学博士の『量子水学説』を参照)
かつてケルブランは「生体内原子転換理論」を発表しましたが、
(これによってノーベル賞にノミネートされた)
量子レベルでの意識波動が生体内で原子転換を引き起こすことは自明です。
そして社会全体を覆う新型インフルへの不安と恐れの意識波動が、
これからもあちこちに「感染者」を生み出していくことになるでしょう。
それくらい「集団ヒステリー現象」はパワフルであり、
社会全体に大きな影響力を及ぼします。
ということで、ぼくはいま「不安呪縛」の広がりを懸念していますが、
この社会的空気(意識波動)に影響され、犠牲にならないためにも、
「集団ヒステリー現象」というものをぜひご理解いただきたいと思います。
もうかなり前のことになりますが、
「集団ヒステリー現象」について書いたことがありますので、
まずは以下に、その一部を抜粋し、転載してみたいと思います。
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(前略)
ここまでくるのにずいぶん長くなってしまいましたが、
さて、いよいよ本論に入りたいと思います。
心理学者の友人の話に入る前に、「心が脳に与える驚くべき作用」、
例えば、集団ヒステリー現象がもたらす作用について、まず書きます。
「集団ヒステリー現象」という言葉は、たぶんご存じでしょうが、
これは医学的には「集団心因性疾患」と言われるものです。
その意味は、この言葉どおり、「心の状態」に「起因」する「疾患」が、
次々と連鎖的に起こり、集団全体にその同じ症状が広がっていくことです。
最近の事例としては、9.11事件の直後、ニューヨークで起きた
炭疽菌事件に関するものが有名です。
ニューヨークの地下鉄の運転手と車掌が、深夜、
車内の床に置かれていた「怪し気な物質」を発見しました。
それは、黄色い物質と、白い液体でした。
それを見た二人は、急に吐き気をもよおし、頭痛を覚えました。
それだけでなく、実際に嘔吐し、目眩を感じて倒れたのです。
その通報のあと、列車を停止し、専門家を派遣する措置がとられました。
ものものしい装備で駆けつけた大勢の化学調査隊と医療チームが、
ひどく緊張して調査した果てに分かったことは、いったい何だったのでしょうか。
なんと、その「謎の茶色い物質」はチョコレートであり、
「謎の白い液体」の正体はミルクだったのです。
乗客の誰かが列車の中でこぼして、そのまま下車してしまったのでした。
ここで興味深いのは、「疑念&不安」が見事に体に「症状」として出たことです。
文字どおり「心因」が、具体的な「疾患」を体に現象させたのです。
そしてこうした集団ヒステリー現象は、数限りない事例を残してくれています。
この事例は、「疑念&不安」の心理が「体に疾患」を生み出したという、
いわば「マイナス的な作用」を体に現象させた例ですが、これとは反対に、
願望&希望が奇跡的なことを引き起こした事例も数多く報告されています。
そしてその顕著な例として、「移民船での不思議な出来事」がよく語られます。
この出来事は「心」の中のある願望が、
「体」や環境にものすごい福音をもたらした事例です。
そしてこれもまた「集団ヒステリー」がプラスの方向に作用した結果でした。
そのとき起こった、不思議な出来事を、以下に簡単にご紹介します。
もうかなり前のことですが、集団移民を運ぶある船が、海上で嵐に遭遇しました。
移民たちは怖くなって船底に固まり、嵐が過ぎ去るのをじっと待ったのですが、
嵐はいよいよ激しくなり、ついに電灯が消えてしまいました。
そんななか、船は荒波にもまれて、木の葉のように揺れ続けます。
これでは、いつ窓から海水が流れ込んで来るか分かりません。
そのことを恐れた船員は、窓を全部閉めて船上に上がってしまいました。
大勢の移民たちを乗せたその船は、熱帯の海を航海していました。
それでなくても蒸し暑いのに、船底の窓が全部閉められてしまいましたから、
すし詰めにされ密閉された船室は、まるで蒸し風呂のようにひどく蒸し暑く、
移民たちは誰もが、息がつまりそうな苦しさにあえいでいました。
しばらくすると、すごかった暴風雨が少し静まってきました。
そこで一人の移民が真っ暗闇の中で立ち上がり、船員に怒られるのも覚悟の上で、
手探りしながら、船室の窓のひとつを開け放ちました。
すると、オゾンに満ちた涼しい風が流れ込んできたため、
その彼は、生き返った思いで、鼻で音を立てながら大きく深呼吸しました。
その他のみんなも、蘇生した思いで新鮮な空気を深呼吸し、
安堵して、やがてぐっすり眠りについたのでした。
そして翌朝、目が覚めたとき、一同は「あっ!!」と驚いて顔を見合わせました。
夜中に一人の移民が開けた窓は、実は二重になっていた窓の内側だけであって、
外側の厚いガラス窓は、相変わらず固く閉ざされたままだったからです。
しかし、窓を開けたその人は、実際にすがすがしい外気を「感じ」、
その深呼吸の鼻音を聞いたみんなも同じように新鮮な外気を「感じた」のでした。
これもまた、集団催眠(ヒステリー)の事例の一つです。
ただこの場合は、病気になったのではなく、元気になってしまったのです。
(中略)
さて、集団ヒステリー現象が、いったい何をもたらすのか。
ここから再び、心理学者の友人、三好さんの話に戻ります。
三好さんは、催眠術や洗脳、暗示などを、心理学的な立場から研究していました。
いったいどいのような状態のときに、暗示や催眠、洗脳にかかりやすくなるのか。
これに対する本質的な条件について、彼は次のように語っています。
「選択肢を極度に少なくすること。
視野がぐんと狭くなるように誘導すること」...。
つまり、分かりやすく言えば、多様ないろんな情報を排除して、
ひとつのことを「思い込ませること」だと、彼は言います。
で、これが、単なる「思い込み」のレベルに留まらず、
「条件反射的な行動」を即座に誘発させるレベルまでいきますと、
それは、戦場での戦闘や、犯罪にも巧みに利用することができると言います。
ジョン・レノンを殺した犯人の場合は、条件反射的に殺害してしまったらしく、
あるサイン(条件)が送られるや、頭で思考するプロセスなどすっ飛ばして、
いきなり拳銃の引き金を引くようにプログラムされていたと言われています。
だから刑務所にいる殺人者の本人は、
ジョン・レノンのフアンであった自分がなぜ殺してしまったのか、
その理由も意味も全く分からず、ただ悔い続けていると言います。
ベトナムに派兵される兵士に対しても条件反射的な行動が訓練されていたと、
そのプロジェクトに実際に参加していた三好さんは言います。
三好さんが指摘する重要なポイントは、繰り返しますが、
「選択肢を極度に少なくすること。
視野がぐんと狭くなるように誘導すること」です。
そしてこのことは、
危険性をはらむ「信仰」や「洗脳」「自己暗示」「催眠術」から身を守る上で、
そして、バランスのとれた客観的な判断をするための、非常に重要なポイントとなってきます。
だから、物事を「判断・選択」する場合、選択肢の多様さと視野の広さを、
その段階で絶えずチェックすべきであると、三好さんはアドバイスしているのです。
心理学者だった三好さんは、「暗示・催眠・洗脳」等々と「視野狭窄」の関係を、
実際、いろんな装置や仕掛けを使って数多く実験してきています。
たとえば、ショーウインドゥを覗くレディの瞳の変化を隠れ窓から観察していると、
店に入って買い物をする人のほとんどが、視野狭窄状態の瞳になっていると言います。
彼女たちは、いざ気に入った衣服やバッグなどを見つけてしまうや、
目が点になり、ほかのことがもう視野に入らなくなってしまうと言うのです。
つまり、「他にもあるさ」と考えて、選択肢の多さを自覚するのではなく、
いますぐに買わなければと思い込むらしい...とのことでした。
こうした心理が、衝動買いや詐欺商法などにも利用されていきます。
つまり、自己暗示や自己催眠、自己洗脳等々は、
多様な選択肢のそぎ落としと、視野狭窄からもたらされることが多いと言うのです。
これは山本七平の、『空気の研究』でも言われていることです。
すなわち、「ある空気」がその場を支配すると、空気に異論がはさめなくなる。
その結果、多様な情報や考え方が自粛されたり、排除されるようになり、
選択肢が極端に少なくなって、視野がどんどん狭まって行く。
そしてその果てに、膨張しすぎた「空気」の破裂が生じてしまうと言うのです。
これは、戦時中に日本の社会が、実際に経験したことです。
つまり、「日本神国論・神国不滅論・神風論」等々の「空気」がふくらむや、
おかしいぞとは思っても、それに異論を唱えることができなくなります。
その空気を批判したり、異論を唱えたりなどしようものなら、
たちまち「非国民」として「村八分」に遭い、攻撃、排除(逮捕)されてしまうからです。
このような「空気支配」の社会では、「事実」はほとんど力を持ちえません。
いや、それ以前に、「事実」が伝えられる機会が極度に制限されてしまうのです。
こうして「集団ヒステリー状態」が作り出されていきます。
60年前の場合は、合理的に考えれば無謀としか思えない「特攻隊」が、
「空気支配」の中で次々と飛び立っていきました。
その結果が、原爆による敗戦でした。
ここに至って、ようやく膨張しすぎた「空気」が破裂したのでした。
空気支配から抜け出してみると、なんであんな愚かなことをやったのか、
みんながそう思うようになってきます。
しかし、その当時の「あの空気」の中では、心の中でそうは思っても、
とてもその空気支配にはさからえませんでした。
そして言います。
「あの空気の中では、そう思っても、そんなこと口に出せなかったんだよ」と。
これは、バブル期にも起こったことでした。
日本が有頂天になっていたとき、アメリカはじめ外国からは、
「バブル崩壊」の予測と警告が幾度も出されていました。
しかし、浮かれてしまった日本の社会は、その「事実=情報」すら知りませんでした。
メディアが「自発的」にそれを排除し、ふくらむバブルの空気を増大させていたからです。
メディアが伝えなければ、それは「ない」のと同じです。
いくら「事実」を示しても、それは「空気支配」の中でかき消され、
ついには「バブル崩壊」と相成ってしまいました。
こうした事例は、数限りなくあります。
これまた「選択肢の制限」と「視野狭窄」の果てにもたらされた悲劇でした。
「空気支配」から解かれてみると、それが「狂気」だったことがよく分かります。
「空気」がいつのまにか人々を、「催眠・洗脳・暗示・信仰」へと誘ってしまったのです。
その結果が、「みんな幸せ」ならそこにも意味がありますが、
これまでは「絶対と信じる」ことで社会が幸せになった例がありません。
なぜなら、それはバランスを欠き過ぎた、
求心的(急進的?)で、一時的な、パワーの戯れにすぎないからです。
(後略)
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稲田芳弘


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