『おっぱいの詩』まゆりんの訃報

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つい先日のことでしたが、
同じFM局で毎週放送をしている長谷川さんからメールが届きました。
★長谷川裕崇のブログ
http://blog.livedoor.jp/hasehero/

大原まゆさんが危ないようなので、何とかしてあげたい...と。
長谷川さんは、ぼくが大原さんと交流していると思っていたようです。
大原まゆさんについては、ご存知の方も多いかと思いますが、
『おっぱいの詩』の著者であり、この本はその後映画化されました。
そんなこともあって大原まゆさんはガン患者として有名になり、
テレビや新聞などでも多々取り上げられていたのです。

たしかにぼくは、以前大原まゆさんにメールしたことがありました。
同じ「乳ガン仲間?・同じ札幌に住む者」として気になったからでした。
しかし大原さんにはそのメールが迷惑だったらしく、
結局は、完全に無視されてしまいました〈笑〉。
それも当然でしょう、ぼくは現代医学のガン治療を批判していましたし、
「ピンクリボン運動」もまた、冷ややかに見ていたからです。

そして長谷川さんからのメールの数日後、再び彼からメールが届きました。
「大原まゆさんが亡くなった」との知らせでした。

大原まゆさんの訃報は、テレビや新聞でも大きく扱われました。
テレビではキャスターが「早期のマンモグラフィ検診」を強調し、
そして「早期発見&早期治療」をくり返し訴えていました。

ガンは恐い病気だから、一刻も早く見つけ出そう!
そのためにはマンモグラフィを受けることが何よりも大切であり、
ピンクリボン運動の先頭を走っていきた大原まゆさんの功績は大きい...と。

たしかに大原さんは、ガン患者でありながら精力的に活動していました。
献身的に動くその姿そのものは、間違いなく尊敬に値するでしょう。
しかし、早期発見はともかくとして、
そこからスタートする「早期治療」は危険への第一歩となりがちです。

実際、ピンクリボン運動初期、つまり5年前のリーダーのNさんは、
マンモグラフィですら発見されなかったガンを生検で強引に見つけ出し、
その後、手術、抗ガン剤、放射線治療へと突っ走っていきました。

そのNさんのブログを見つけて、ぼくは同じようにメールを差し上げ、
その一部を『ガン呪縛を解く』の中で紹介させていただきました。
その一部を以下に記します。(『ガン呪縛を解く』第3版:56P〜)

 ......................................................

Nさんは毎年人間ドッグで精密検査を受けていた。
そんななか1999年、超音波検査で左乳房の乳腺に影が発見されたため、
マンモグラフィ(乳房X線撮影)を受け、
さらに医師から穿刺吸引細胞診を勧められた。
穿刺吸引細胞診というのは注射器でしこりを刺し、
細胞を吸引して顕微鏡で検査する方法である。
その結果はシロで何も出なかったが、医師からは
「どうも形が気になるので、生検をうけてみないか」と強く勧められた。
(中略)
その結果、なんと「乳ガン」が宣告された。
Nさんの病期はステージ1(初期ガン)で、約1センチのしこりがあり、
ガン細胞が基低膜を破って外に出る浸潤ガンと呼ばれるものだった。
(中略)
1999年に「乳ガン宣告」を受けたNさんは、こうして入院、手術から始まって、
以来まる5年に及ぶガン治療を受けてきた。
その内容は「25回の放射線治療・CMF療法・ゾラデックス2年
ノルバデックス5年」であり、
医師が予定した治療計画を2004年6月末に終え、その後は経過観察を受けている。
医師が勧めた生検から初期がんを発見したNさんは、
「早期発見・早期治療」に基本的には感謝しているようだ。
だがその一方で、ふと思うことがあるという。
「私、元気だったのに...。手術を受けるまでの私は、何ともなかったのに」と。
 ......................................................

手術を受けるまでは何ともなく元気だったNさんは、
ガン治療によってひどい苦しみを味わいながらも、
その後「ピンクリボン運動」のリーダーとして活躍していました。
そんなとき、ぼくがメールを差し上げたというわけです。

そのNさん、その後は札幌にも来たりして報道されましたが、
いつの間にか消息が途絶えてしまいました。
その後、大原まゆさんが「ピンクリボン運動」の旗手として登場するのですが、
Nさんの姿が見えなくなってしまったのは、なぜでしょうか。

Nさんの場合はマンモグラフィですらガンが見つからず、
生検を受けて初期ガンが発見され、そして「早期治療」に踏み込んだ結果、
「私、元気だったのに...」と悲しくつぶやくほど泥沼にはまりました。
早期発見が「ガン完治」につながっていくならいざ知らず、
多くの場合、再発・転移を経てついに訃報となるだけに疑問が残ります。

その典型的な悲劇の事例が、筑紫哲也さんのケースだったでしょう。
定期検診でガンが見つかり、すぐに集中治療に臨んだ結果、
一時的にガン細胞は消えたものの、仕事復帰の数日後には全身転移(発ガン)して、
その後はみなさんもご存知のとおり「死のエスカレーター」に乗りました。
「早期発見」からわずか1年半後の訃報という、驚くほど早い死でした。
これは「早期発見」が「早期ガン集中治療」を経たあげく、
皮肉なことに「早期死亡」につながった典型的な事例というべきです。

大原まゆさんの本を読んだのは、ぼくの「ガン宣告」の直後でしたから、
全く何も交流はなかったものの、やはりどこかで気になっていました。
その大原さんが乳ガンを宣告されたのは、彼女が21歳のとき。
そして24歳のときに「再発」し、先日5月9日、26歳で亡くなりました。
つまり、ガンの発見からわずか5年で亡くなってしまったことになります。
あまりにも若く、悲しい死となってしまいました。

同じ「乳ガン仲間」として、つくづく思います。
もし彼女が病院でガン治療しなかったら、どうだっただろうかと。
そんなふうに思うのは、全くガン治療を受けなかったぼくの場合、
ガン宣告からまもなく満4年を迎えようとしているいま、
ガン細胞が死滅して流れ出し、やがて「完治」を迎えようとしているからです。

となると、早期発見はともかくとして、早期治療などしないほうがいい。
いや、Nさんのケースを考えるなら「早期発見」などしないほうが良かった。
かなり乱暴な言い方になってしまいますが、そんなふうにも思います。

それはともかく、同じ乳ガン仲間として、同じ札幌に生きていた、
大原まゆさんに深く哀悼の意を表したいと思います。

★大原まゆさんの訃報
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/164433.html

★大原まゆ キセキノート。奇跡の軌跡...
http://mayukiseki.exblog.jp/

稲田芳弘

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