~~~~~~冒険を終え、陽の当たる国で夫は、読書する?
稲田陽子
昨年の夏のことを思うと、やはり胸が痛むものだ。できれば、思い出したくないのというのが本音である。その不可解な運命的な日々にあって、いま時分は、ちょうど夫の骨折の手術が成功して、迷い込んだ「千と千尋の神隠し」の世界からようやく「生還」しようとしていたころである。確かに重傷の大腿骨骨折の手術は、体に大きな負荷を与えることになったが、それでも、夫は、辛い体にもかかわらず、短時間でもリハビリに一生懸命賭けて、必ず元気を取り戻すという気持をしっかりと持っていた。
そんな中、8月12日は、伝説の人物、徐福を供養する万燈祭が徐福公園で行なわれた。夫は、たくさんの徐福に関する書籍を読みあさっていたため、どうしても行ってみたいという。私は、介護タクシーを手配し、車椅子の夫と徐福公園まで出向いた。夫は、徐福を通して、今度は歴史の真実にでも挑もうとしていたのか、諸説紛々の謎の人物にとても関心を抱いていたのだった。夫は、『ガン呪縛を解く』を出版した直後に、チャングムと千島博士、徐福のロマンあふれる対談を可能にしたフィクションを書き始めたことがあっただけに、徐福その人物への思い入れは確かに強いものがあったのだろう。
運命を分つハプニングに見舞われ、また、まさに炎熱地獄のような酷暑にも遭遇していたあの日々にも、二人で徐福公園に出向こうというのはささやかなわくわく感があった。ただ、私たちは、自分たちだけで、何もかも夢中で受容するしかない状況下にあったのは事実だった。しかし、この大変な境遇にあっても、夫は、生きる希望を失ってはいなかったのだ。だから、今度は、夫は、徐福のことを新たな時代の視点にまで止揚させ、独特の論を展開させるはずだったのではないか。
その夫は、いまは、多次元潜象宇宙のどこかに憩って、私たちを見守っているにちがいない。だから、その意味で「死んではいない」。新盆という言葉があるが、私は、この言葉で胸が痛くなる。それは、「死んでいない」のに、「死んでしまった」ことに無理矢理させられるような感があるからだ。正確に言えば、「肉体が無くなるだけ」ということではないだろうか。言い換えると、肉体が無くなったからと言って、魂が無くなったわけではない。そんなことを思い、私は、その言葉に違和感を感じてしまう。それは、いつまで経っても、私に同じ胸の痛みを呼び起こすことになるだろう。
「死」というのは、思えば、不思議なものである。こちらが「死」と呼んでいる世界は、実は、実在の世界で、逆に「生」と呼んでいるここ物質世界は、実在の影なのではないか。しかも、その影の世界こそが来るべき実在の次元を決めてしまうほど、重要な意味を持っているという考えも、古来珍しくなく存在しているのは、何故だろう。
私は、夫の回帰後に願ってみたことがある。「もしも、芳弘が、良い世界に行っていたら、私に映像でひらめかせて!」と。私は、約束のCDの合図だけでは物足りずに、そんなことを夫に頼んでしまったのだった。そうして、いつものように日々を過ごしていると、明るい家具調のお仏壇の真中でほんの一瞬だけ、夫との面会が許された。次元が違うのだから、そう長いこと会うことはできないが、突然異次元の空間が破かれたように夫の顔が私の第三の目を介して現れた。まるでテレビの映像のように鮮明である。夫は、少し心配そうに私を見ている。背景は明るく、朝か昼のような世界の光を感じる。
夫のオーラの色もはっきりと見えた。くすんでいる色は皆無である。黄色い光の色に少しピンクがかった色調やきれいな薄いブルー(空色)が混じっている。あちらの世界では、すべてが実体であり、その心が光の色で表現されるのにちがいない。ともかくも、夫があちらの世界で元気であり、私は、ほっとした。それに、夫は、心なしか若くなっているような気がした。年齢は変わらないのかもしれないが、なぜか夫の肌も、顔も青年のような若々しい感じなのだ。
夫は、たくさんの方々に見送られ、また近くからも遠くからもお参りに来ていただき、幸せであった。そうした人々に、夫は、あちらの世界から青年のように若々しい感性で感謝の心を送り続けていることだろう。
すでに回帰されているガンの患者さんたちも、実体に戻られた後は、異次元で思い思いの安らぎと憩いの時にあるのかもしれない。
千島学説の「気血動の調和」やカタカムナ、そして、ガン呪縛を解くメッセージに熱心に耳を傾けたというガンの方から、時折、良くなったと嬉しそうなご報告をいただくことがある。こんなときは、夫も、私も、無条件にうれしいものである。また、亡くなられた場合にも、ご家族から「ガン呪縛を解く」を読んで、本当に良かったと思わぬお心をいただくこともある。そんなときは、言ってくださった言葉にかえって励まされるのである。先月夫のお参りにはるばる奈良からご主人と来られた方も、「和歌山で末期ガンの母のことで力づけられた」と、おっしゃてくださった。私たちと会ってほどなく残念ながらお母様は亡くなられたそうだが、娘さんは十分看病をつくされたお母様に「定命」を感じたそうである。同様に、5年程前にご主人の末期ガンを看取られた方も懐かしくも大阪から来られたものである。
このほかにも、三大治療の末、末期となったガンの方々ですでに亡くなった方も少なくない。夫は、自分自身もシンドイ状況であっても、できるだけそういう人たちの悲鳴に似た思いを受け止め、夫独特の「温かさ」という「気」で励ましていた。しかし、そんな夫も、なかには、はっきりと「呪縛の事実」を見据えて、ものを言っていることもあった。度重なる夜中の電話には、さすがに止めてほしいと思ったりもした。とはいえ、いまでは、その人はどうなったものかと、ふと脳裏に浮かぶ。
年老いた母しか身内になく、病院でひっそりと亡くなった女性のことも、いまでも、切ない気持で思い起こされる。この方は、私のファンタジー童話「世の終わりの贈りもの」を涙を流して読んだのだとメールをくださった。私の思いも、こういう世を去ろうとしている方であればこそよく伝わり、より多くの感受性を揺り動かしてしまったのかもしれないと、私の心も思わず震えた。
さて、夫も、凝縮された生をこちらの世界で十分に体験し、いまは、実在世界で安らいでいるようである。今日も、ふと、夫のイメージが映像で第三の目の中に現れた。もっとも、こちらの方は、先述と違い、私の想像の領域かもしれない。夫は、ぱりっとした真っ白いワイシャツにグレーのズボンという出で立ちで、これもシミ一つない真っ白い広いベッドに心地良さそうな真っ白い大きなクッションを枕にくつろぎ、こちらの世界でよくそうしていたように、右手に本を持ち、読んでいるのだった。そうだ。夫は、生前と同じように、好きなことをして生きている(にちがいない)!
はたして、その本には、何が書かれてあるのだろう。そのうち、私にその本のメッセージがギフトで届くのかもしれない。天からの宅急便、それがとても楽しみである。
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最近、つとに思うこと…
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ミステリアスなことだらけ ?!!
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芳弘の11日。美しい雪の朝に
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さようなら、芳弘!たくさんのありがとうを!
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改訂版『ガン呪縛を解く~千島学説的パワー』
30Pに及ぶエピローグにミステリーツアーの真相も
「呪縛?とんでもない~その熱き、深き生き様。
~~~10年!この希望と沈黙の生命力」
世の終わりの贈りもの
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